裁判で決まった慰謝料を払わない相手への強制執行・差押え

裁判で慰謝料の支払が決まった、裁判上の和解で支払期限も決めた、公正証書まで作った。それでも相手が慰謝料を払わない場合、任意の督促を繰り返すだけでは回収が進まないことがあります。

このような場面では、判決・和解調書・調停調書・強制執行認諾文言付き公正証書など、強制執行に使える書面があるかを確認したうえで、相手の給料、預貯金、不動産などの差押えを検討します。もっとも、「相手が払わないからすぐ差し押さえる」という単純な話ではなく、債務名義の有無、執行文・送達証明書などの準備、差し押さえる財産の特定が問題になります。

この記事では、不倫慰謝料を請求する側の立場から、裁判で決まった慰謝料を払わない相手に対して、どのような場合に強制執行・差押えができるのかを整理します。細かな申立書の書式よりも、まずは「自分のケースで差押えに進める段階なのか」「給料・預貯金・不動産のどれを狙えるのか」「相手の財産が分からないときに何を調べるのか」が分かるように説明します。

  • 債務名義があり、差押え対象財産を特定できれば、慰謝料の強制執行・差押えができます。
  • 通常の示談書だけでは、直ちに給料や預貯金を差し押さえられないことがあります。
  • 強制執行認諾文言付き公正証書、判決、和解調書、調停調書は、差押えに進む重要な手がかりです。
  • 給料差押えでは勤務先、預貯金差押えでは銀行・支店など、対象財産を特定する情報が必要です。
  • 相手の財産が分からない場合は、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を検討します。

坂尾陽弁護士

差押えは「強く請求する方法」ではなく、裁判所を通じて回収する法的手続です。まずは債務名義と財産情報を確認しましょう。
(執筆者)弁護士 坂尾陽(Akira Sakao -attorney at law-)

2009年      京都大学法学部卒業
2011年      京都大学法科大学院修了
2011年      司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~     アイシア法律事務所開業

不倫慰謝料に詳しい坂尾陽弁護士

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裁判で決まった慰謝料を払わない相手には強制執行・差押えができます

判決や裁判上の和解などで慰謝料の支払義務が決まっているのに相手が支払わない場合、債権者は、裁判所を通じて相手の財産を差し押さえ、慰謝料の回収を図ることができます。裁判所の手続案内でも、判決や和解調書どおりにお金が支払われない場合に、給与や銀行預金等を差し押さえ、勤務先や銀行等から支払を受けて債権を回収する手続として、債権執行(債務名義に基づく差押え)が案内されています。

不倫慰謝料でも、支払義務が確定しているのに相手が払わない場合には、給料、預貯金、不動産などを対象に差押えを検討します。特に「慰謝料の給料差押え」「慰謝料の預貯金差押え」は、相手が毎月の収入や銀行口座を持っている可能性があるため、実務上も検討されやすい回収方法です。

任意の督促と強制執行は別の手段です

相手が支払期限を過ぎても慰謝料を払わないとき、最初に督促の連絡をすること自体は自然です。しかし、相手が無視する、分割払いも守らない、払えないと言い続けるという状況では、督促だけで回収できるとは限りません。

強制執行は、相手に「払ってください」と任意に求める手続ではありません。債務名義に基づいて裁判所に申し立て、相手の財産に対して法的な効力を及ぼす手続です。そのため、相手の気持ちや言い分よりも、まずは強制執行に使える書面があるか、差し押さえる財産をどこまで把握できているかが重要になります。

相手の「払えない」という説明だけで諦める必要はありません

相手が「お金がない」「今は払えない」と言っていても、それだけで直ちに回収を諦める必要はありません。勤務先から給与を受け取っている、銀行口座に入金がある、不動産を所有しているなど、差押えの対象になる財産があれば、慰謝料の強制執行を検討できます。

ただし、実際に回収できるかどうかは、差し押さえる財産が存在するか、差押えの対象として特定できるか、差押えにかかる費用や手間に見合うかによって変わります。後ほど、給料・預貯金・不動産ごとに、どの程度の情報が必要になるかを整理します。

債務名義がない場合は請求・交渉・裁判の段階に戻ります

一方で、まだ判決や和解調書がなく、通常の示談書も作っていない段階では、強制執行ではなく、請求・交渉・裁判の準備が中心になります。浮気相手や不倫相手に慰謝料を請求したものの支払ってもらえない段階の対応は、浮気相手が慰謝料を払わないときの対処法で詳しく整理しています。

また、そもそもまだ慰謝料請求の裁判を起こしていない場合には、差押えの前に債務名義を取得する必要があります。不倫慰謝料の訴訟提起を検討している場合は、不倫慰謝料で訴える方法も確認しておくと、裁判から判決・和解までの流れを把握しやすくなります。

慰謝料の差押えに使える債務名義を確認する

慰謝料を差し押さえるには、原則として「債務名義」が必要です。債務名義とは、強制執行によって実現できる請求権があることを公的に示す文書のことです。慰謝料の支払合意や裁判上の判断があっても、それが強制執行に使える形になっていなければ、すぐに給料や預貯金を差し押さえることはできません。

不倫慰謝料で問題になりやすい債務名義は、主に次のようなものです。

  • 判決・仮執行宣言付き判決
  • 裁判上の和解調書
  • 調停調書
  • 強制執行認諾文言付き公正証書
  • 仮執行宣言付き支払督促など

ここで重要なのは、「慰謝料を払うと約束した書面があること」と「その書面で直ちに強制執行できること」は同じではない、という点です。以下では、代表的な書面ごとに、差押えに進めるかを確認します。

判決・仮執行宣言付き判決がある場合

不倫慰謝料の裁判で、相手に慰謝料の支払を命じる判決が出て確定した場合、その判決は強制執行の基礎になります。判決が確定しているのに相手が払わないのであれば、債務名義の正本、執行文、送達証明書など、必要な書類を確認したうえで、給料・預貯金・不動産などの差押えを検討します。

仮執行宣言が付いた判決であれば、判決が確定する前でも強制執行を検討できる場合があります。ただし、相手が控訴している場合や、仮執行宣言に基づいて進めるリスクがある場合もあるため、判決文の内容を確認して判断する必要があります。

裁判上の和解調書・調停調書がある場合

裁判の途中で和解が成立し、和解調書に慰謝料の金額、支払期限、分割払いの条件などが記載されている場合、その和解調書も強制執行に使える債務名義になります。相手が和解条項どおりに支払わないときは、未払い額や期限の利益喪失条項の有無を確認したうえで、差押えを検討します。

分割払いの和解では、「1回でも遅れたら残額を一括で請求できる」という期限の利益喪失条項が入っているかどうかで、請求できる金額やタイミングが変わります。裁判上の和解条項の考え方は、裁判上の和解条項でも詳しく解説しています。

調停調書についても、慰謝料や解決金の支払内容が明確に定められていれば、強制執行を検討できる場合があります。ただし、調停の種類や条項の書き方によって、執行文の要否などの確認点が変わることがあるため、調書の内容をそのまま読んで判断しないことが大切です。

強制執行認諾文言付き公正証書がある場合

不倫慰謝料の示談を公正証書にしており、その中に「支払を怠ったときは直ちに強制執行に服する」という趣旨の強制執行認諾文言が入っている場合、その公正証書を使って差押えを検討できます。公正証書は、判決を取らずに強制執行へ進める可能性があるため、分割払いの合意をする場面では重要です。

もっとも、公正証書であれば何でも差押えに使えるわけではありません。強制執行認諾文言がない公正証書や、支払額・支払期限が不明確な書面では、差押えに使えないことがあります。不倫慰謝料の公正証書を作る段階の注意点は、不倫慰謝料の公正証書の作り方で整理しています。

通常の示談書・合意書だけでは直ちに差押えできないことがあります

不倫慰謝料では、当事者同士で示談書や合意書を作成することがあります。示談書に慰謝料額や支払期限が明記されていれば、相手に支払義務を認めさせる証拠としては重要です。しかし、通常の示談書や合意書は、それだけで強制執行に使える債務名義ではありません。

そのため、通常の示談書を作ったのに相手が払わない場合は、残額を請求する訴訟や支払督促などを通じて、別途、強制執行に使える債務名義を取得する必要が出てきます。「示談書があるから、すぐ相手の給料や銀行口座を差し押さえられる」と考えるのは危険です。

強制執行前に確認する主な書類

債務名義がある場合でも、差押えの申立てでは、債務名義の種類に応じて必要書類を確認する必要があります。典型的には、債務名義の正本、執行文、送達証明書、当事者や第三債務者が法人の場合の資格証明書などが問題になります。裁判所で電子的に作成された債務名義を使う場合など、手続の電子化によって必要書類の扱いが異なる場面もあります。

この段階で書類が足りないと、差押えの申立てをしても補正が必要になったり、手続が進まなかったりします。特に、公正証書を使う場合は、公証役場で必要な正本・執行文・送達関係の書類を確認する必要があります。次の段階では、どの財産を差し押さえるかを整理していきます。

慰謝料の差押えの対象になる主な財産

債務名義が確認できたら、次に考えるのは「何を差し押さえるか」です。強制執行は、相手の財産全体にまとめて網をかける手続ではなく、給料、預貯金、不動産など、差押えの対象を決めて申し立てます。

裁判所の債権執行の案内でも、判決や和解調書どおりに支払われない場合に、債務者の給与や銀行預金等を差し押さえ、勤務先や銀行等から支払を受けて債権を回収する手続と説明されています。公式の手続概要は、裁判所の債権執行の手続案内でも確認できます。

給料・賞与・退職金などの給与債権

相手が会社員や公務員として働いている場合は、給料差押えが有力な候補になります。毎月の給与から一定範囲を継続的に回収できる可能性があるため、相手の勤務先が分かっているケースでは検討しやすい方法です。

ただし、給料差押えは、相手本人に直接支払わせる手続ではありません。勤務先が第三債務者として手続に関与し、差押命令が勤務先に送達された後、勤務先から支払を受ける形になります。

銀行預金・ゆうちょ銀行などの預貯金債権

相手の預貯金も、慰謝料の差押えでよく問題になる財産です。預貯金差押えでは、差押命令が金融機関に送達された時点で存在する預貯金が主な対象になります。そのため、口座に十分な残高がないと、申立てをしても回収額が少なくなることがあります。

預貯金差押えでは、金融機関名や支店名をどこまで把握しているかが重要です。「どこかの銀行に口座があるはず」という程度では、実際の申立てに進みにくいことがあります。

不動産

相手が土地や建物を所有している場合、不動産も強制執行の対象になります。もっとも、不動産の差押えや競売は、給与・預貯金の差押えより時間や費用がかかりやすく、住宅ローンなどの担保権が先に付いていると、慰謝料の回収に十分つながらないこともあります。

不動産を検討する場合は、相手名義の不動産か、登記上どの物件か、先順位の抵当権があるかなどを確認する必要があります。単に相手の住所が分かるだけでは足りない場面があります。

売掛金・報酬債権・動産など

相手が個人事業主や会社経営者であれば、取引先に対する売掛金、業務委託報酬、役員報酬などが候補になることもあります。また、自動車や家財などの動産も制度上は対象になり得ます。

ただし、不倫慰謝料の回収では、動産執行を詳しく検討するより、給与、預貯金、不動産、売掛金など、回収可能性を見込みやすい財産から検討することが多いです。差押えの対象を広げすぎると、費用倒れや空振りのリスクも大きくなります。

給料・預貯金・不動産を差し押さえるには対象財産の特定が必要です

慰謝料の強制執行では、差し押さえる財産をある程度具体的に特定する必要があります。読者にとって重要なのは、「相手に財産がありそうか」だけではなく、「申立てで特定できるだけの情報を持っているか」です。

大阪地方裁判所の案内では、銀行預金等の差押えではどの銀行のどの支店に口座があるか、給料等の差押えでは債務者がどこの会社に勤めているかを特定して記載する必要があるとされています。詳しくは、大阪地方裁判所の債務名義に基づく差押えの案内も参考になります。

差押え対象 主に必要になる情報 注意点
給料・給与 給与を支払う勤務先の会社名・所在地など グループ会社名だけでは足りないことが多く、実際の雇用主・給与支払者を特定する必要があります。
預貯金 金融機関名・支店名など 口座番号までは不要とされることがあります。もっとも、銀行名も分からない場合は申立てが難しくなります。
不動産 登記上の所在地、地番、家屋番号など 住居表示と登記上の表示が異なることがあります。登記情報で対象物件を確認します。
売掛金・報酬債権 取引先・報酬支払元の名称、所在地、支払内容など 個人事業主や役員などの場合に候補になりますが、支払元を特定できることが前提です。
動産 所在場所、所有関係、換価できる財産かどうか 費用対効果が問題になりやすいため、優先順位は慎重に判断します。

このように、差押えでは「相手が何を持っているか」という実体面と、「その財産を申立書上で特定できるか」という手続面の両方が問題になります。相手の財産を大まかに知っているだけでは足りず、裁判所や第三債務者が対象を判断できる程度に整理することが必要です。

給料差押えでは勤務先の法人名を確認する

慰謝料の給料差押えを検討する場合、「どの会社から給料を受け取っているか」を確認します。大きなグループ会社では、店舗名、ブランド名、親会社名、実際の雇用主が違うことがあります。給与を支払っている法人を誤ると、差押命令が送達されても給与債権がないとして空振りになる可能性があります。

勤務先の情報は、名刺、源泉徴収票、社会保険関係の記載、相手とのやり取り、公開情報などから分かることがあります。ただし、勤務先へ不必要に連絡して圧力をかけることは避け、法的手続に必要な範囲で情報を整理することが重要です。

預貯金差押えでは銀行名・支店名が重要になる

預貯金差押えでは、一般に、金融機関名と支店名の特定が重要です。口座番号まで分からなくても申し立てられる場合がありますが、支店名も分からないと、どの支店に差押命令を送ればよいか判断できないことがあります。

インターネット専業銀行など、支店の扱いが通常の銀行と異なる場合もあります。実際に申立てをする段階では、管轄裁判所の書式や運用を確認し、金融機関の表示を正確に整理します。

不動産差押えでは登記情報で対象を特定する

不動産は、住所だけで特定するのではなく、登記上の所在、地番、家屋番号などで特定します。相手の自宅住所が分かっていても、その不動産が相手名義とは限りませんし、マンションでは部屋ごとの登記情報を確認する必要があります。

また、不動産には住宅ローンの抵当権などが付いていることがあります。差押えや競売に進んでも、先順位の債権者への支払で終わり、慰謝料の回収に回る金額が少ないこともあるため、登記情報と費用対効果を確認します。

給料差押えでは勤務先が第三債務者として手続に関与します

慰謝料の給料差押えでは、勤務先に差押命令が送達されるため、勤務先が手続に関与します。これは、請求する側が職場に直接圧力をかけるという意味ではなく、裁判所の手続として、給与を支払う勤務先が第三債務者になるということです。

差押命令が勤務先に送達されると効力が生じる

裁判所が債権差押命令を発すると、命令は債務者本人と第三債務者に送達されます。給料差押えであれば、第三債務者は勤務先です。差押命令が第三債務者に送達されると、差押えの効力が生じます。

この仕組み上、給料差押えをすれば、勤務先は少なくとも法的手続があることを把握します。ただし、記事としては「職場に知られて困らせる」ことを目的にするのではなく、慰謝料を回収するために必要な手続上の効果として説明するのが適切です。

差し押さえられる給料には上限がある

給料の全額を差し押さえられるわけではありません。裁判所の案内では、給料差押えの場合、原則として相手方の給料の4分の1を差し押さえることができ、月給が一定額を超える場合には別の計算になるとされています。

そのため、給料差押えは一度で全額を回収する方法というより、毎月の給与から一定額を継続的に回収する方法として考えることが多いです。相手が退職している場合や、勤務先の特定が誤っている場合は、差押えが空振りになることもあります。

勤務先への不必要な直接連絡や圧力は避ける

不倫慰謝料を請求する側としては、相手が払わないことに強い不満を持つのは自然です。しかし、勤務先に直接連絡して支払を迫ったり、不倫の事実を広めるような言動をしたりすることは、別のトラブルを招くおそれがあります。

給料差押えを検討する場合は、勤務先を第三債務者として正確に特定し、裁判所の手続により進めることが基本です。回収のために必要な情報収集と、不必要な職場連絡は分けて考える必要があります。

相手の財産が分からない場合は財産開示手続・情報取得手続を検討します

債務名義があっても、差し押さえる財産が分からなければ、強制執行は進めにくくなります。相手の勤務先も銀行口座も不明という場合は、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を検討します。

ただし、これらは「財産を調べるための手続」であり、それだけで慰謝料が回収されるわけではありません。調査で財産の手がかりが分かった後、その財産に対して改めて差押えなどの強制執行を申し立てる必要があります。

財産開示手続は相手本人に財産状況を陳述させる手続です

財産開示手続は、債務者本人を裁判所に呼び出し、財産目録を提出させたり、財産状況を陳述させたりする手続です。裁判所の手続案内でも、実施決定、財産目録の提出期限、財産開示期日などの流れが説明されています。公式情報は、裁判所の財産開示の手続案内で確認できます。

財産開示手続を使うには、強制執行で完全な弁済を得られなかったこと、又は判明している財産だけでは完全な弁済を得られない見込みがあることなど、一定の要件があります。単に「相手が払わないから財産を全部開示させたい」というだけで、常に使えるわけではありません。

第三者からの情報取得手続では預貯金・不動産などの情報を得られる場合があります

第三者からの情報取得手続は、債務者の銀行預金、給与、不動産などに関する情報を、債権者が特定した銀行、市区町村、登記所などから提供してもらう手続です。裁判所の案内でも、情報取得手続は財産を調査するのみの手続であり、債権回収には別途、債権差押えなどの強制執行が必要とされています。詳しくは、裁判所の情報取得の手続案内を確認してください。

取得できる情報としては、不動産の所在地や家屋番号、給与支払者である勤務先の名称・住所、預貯金口座の支店名・口座番号・額、株式や国債等の情報などが整理されています。ただし、求める情報の種類ごとに要件や流れが異なります。

勤務先情報の取得には制限があります

特に注意が必要なのは、給与・勤務先情報です。裁判所の案内では、勤務先情報の申立てができる債権者は、養育費・婚姻費用などに係る請求権や、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権など、一定の債権者に限られると説明されています。

不倫慰謝料は、通常、婚姻共同生活の平和を侵害された精神的損害の賠償として問題になります。そのため、不倫慰謝料の債務名義があるからといって、第三者からの情報取得手続で勤務先情報を当然に取得できるとは限りません。勤務先を調べたい場合は、利用できる手続と要件を個別に確認する必要があります。

MEMO

財産開示手続や情報取得手続は、差押えの前提となる情報を集める手続です。回収そのものは、判明した給与・預貯金・不動産などに対する差押えで行います。

財産調査は空振りと費用倒れを避けるために行う

財産調査の目的は、相手を困らせることではなく、回収可能性のある財産を見つけ、空振りや費用倒れを避けることです。給料差押え、預貯金差押え、不動産差押えのどれが適しているかは、相手の収入、勤務先、口座情報、不動産の有無、先順位担保、未払額によって変わります。

相手の財産が一部でも分かっている場合は、その情報から差押えを検討します。何も分からない場合は、財産開示手続や情報取得手続を使えるかを確認し、必要に応じて弁護士に相談しながら、回収可能性の高い順に手段を選ぶことが重要です。

相手に財産がない・破産した場合は慰謝料を回収できないことがあります

債務名義があり、差押え対象を特定できれば、相手の給料・預貯金・不動産などを差し押さえできます。もっとも、強制執行は、存在しない財産から回収する手続ではありません。相手に差し押さえる財産がない場合や、財産はあっても先順位の担保権・他の差押えなどによって回収見込みが低い場合は、申立てをしても十分な回収につながらないことがあります。

そのため、慰謝料の差押えでは「差押えできるか」だけでなく、「差し押さえた後に実際に回収できるか」まで見ておく必要があります。勤務先が分かっていて安定した給与があるのか、口座に入金が見込めるのか、不動産に換価余地があるのかを確認し、費用倒れを避けることが重要です。

差押えが空振りになることがあります

預貯金差押えをしても残高がほとんどなければ回収額は限られます。給料差押えをしようとしても、相手が退職していれば、その勤務先から給与を回収することはできません。不動産がある場合でも、住宅ローンなどの抵当権が先に付いていると、競売しても慰謝料の回収に回る金額が残らないことがあります。

強制執行を申し立てる前に財産調査と回収見込みを確認するのは、このような空振りを避けるためです。未払額が大きくない場合は、差押えにかかる費用や時間とのバランスも考える必要があります。

相手が破産した場合は非免責債権に当たるかが問題になります

相手が自己破産した場合、慰謝料請求権が免責されるかどうかが問題になります。破産手続で免責が許可されると、多くの債務については法律上支払責任を免れることになります。ただし、破産法には、一定の損害賠償請求権など、免責されない債権も定められています。

不倫慰謝料についても、「不貞行為による慰謝料だから破産しても必ず免責されない」とは断定できません。非免責債権に当たるかどうかは、単に不倫をしたかどうかだけではなく、加害者に積極的な害意があったといえるか、事案の内容がどの程度悪質かなどによって個別に判断されます。

不倫慰謝料が常に非免責債権になるわけではありません

東京地裁平成28年3月11日判決は、不貞慰謝料請求権が破産法253条1項2号の非免責債権に当たるかが争われた事案です。この判決は、同号の「悪意」について、単なる故意を超えた積極的な害意をいうと解したうえで、不貞行為の違法性が低いとはいえないとしつつも、原告に対する積極的な害意までは認められないとして、非免責債権該当性を否定しました。

この裁判例は、不倫慰謝料が破産で常に免責されるという意味でも、常に免責されないという意味でもありません。重要なのは、破産が関係する場面では、慰謝料の発生原因、相手の認識、行為態様、破産手続での扱いを確認し、回収可能性を個別に判断する必要があるという点です。

支払が止まったら早めに回収可能性を確認する

判決や和解調書、公正証書があっても、長期間放置していると、相手が退職したり、預貯金残高が減ったり、破産手続に入ったりして、回収が難しくなることがあります。もちろん、相手に無理な督促や違法な圧力をかけるべきではありませんが、法的手続を検討できる段階にあるなら、早めに財産情報と必要書類を確認することが大切です。

特に、分割払いの途中で支払が止まった場合は、期限の利益喪失条項の有無、残額、遅延損害金、債務名義として使える書面かどうかを確認します。回収不能リスクが高いと感じる場合は、差押えに進むべきか、財産開示・情報取得を先に行うべきかを検討しましょう。

慰謝料の強制執行・差押えを弁護士に相談すべきケース

慰謝料の差押えは、債務名義があるからといって機械的に進めればよいわけではありません。差し押さえる財産の選択、必要情報の特定、執行文・送達証明書などの準備、回収可能性の見通しを誤ると、時間と費用をかけても十分な回収につながらないことがあります。

債務名義や必要書類に不安がある場合

通常の示談書、公正証書、和解調書、判決などは、差押えに使えるかどうかが異なります。債務名義として使える書面なのか、執行文や送達証明書が必要なのか、当事者の住所・氏名が変わっていないかに不安がある場合は、申立て前に確認する必要があります。

勤務先・銀行口座・不動産の特定に不安がある場合

勤務先がグループ会社名までしか分からない、銀行名は分かるが支店名が分からない、不動産の住所だけ分かるといった場合は、その情報で差押えに足りるかを検討します。情報が不足している場合は、手元資料の確認、財産開示手続、第三者からの情報取得手続などを組み合わせて考えます。

財産開示手続・情報取得手続を使うか迷う場合

財産開示手続や第三者からの情報取得手続は、財産が分からない場合に有用ですが、手続の目的や要件は異なります。特に、勤務先情報の取得には制限があるため、不倫慰謝料の債務名義があれば当然に勤務先を調べられる、とは考えない方が安全です。

費用倒れや破産リスクを見極めたい場合

未払額、相手の財産状況、回収できる見込み、相手の破産可能性によっては、強制執行をしても費用対効果が合わないことがあります。弁護士に相談する際は、債務名義、支払状況、相手の勤務先・口座・不動産の手がかり、これまでのやり取りを整理しておくと、見通しを立てやすくなります。

強制執行は、相手に圧力をかけるためではなく、裁判所の手続を通じて適法に回収するための方法です。職場への不必要な連絡、SNSでの暴露、自宅への押しかけなどは別のトラブルにつながるおそれがあるため、回収を進めたい場合ほど、手続に沿って対応することが重要です。

裁判で決まった慰謝料を払わない場合のよくある質問

裁判で決まった慰謝料を払わない相手には何ができますか?

判決、和解調書、調停調書、強制執行認諾文言付き公正証書など、強制執行に使える債務名義がある場合は、給料、預貯金、不動産などの差押えを検討できます。まずは、債務名義の有無と、差し押さえる財産を特定できるかを確認します。

示談書だけで差押えできますか?

通常の示談書や合意書だけでは、直ちに給料や預貯金を差し押さえられない場合があります。通常示談書がある場合でも、相手が支払わないときは、残額請求の訴訟や支払督促などで債務名義を取得する必要が生じることがあります。

公正証書があれば給料を差し押さえできますか?

慰謝料の支払義務について強制執行認諾文言付きの公正証書を作成している場合は、債務名義として給料差押えを検討できます。ただし、勤務先の特定、執行文や送達関係の書類、差押えの範囲などを確認する必要があります。

相手の勤務先が分からない場合はどうすればよいですか?

給料差押えでは、給与を支払う勤務先を特定する必要があります。勤務先が分からない場合は、相手とのやり取り、過去の資料、財産開示手続、第三者からの情報取得手続の利用可能性を確認します。ただし、不倫慰謝料で勤務先情報を当然に取得できるとは限りません。

預貯金を差し押さえるには銀行口座番号まで必要ですか?

預貯金差押えでは、金融機関名と支店名が重要です。口座番号までは不要とされる場合がありますが、銀行名も支店名も分からない状態では、申立てが難しくなります。支店名などが不明な場合は、情報取得手続を検討できることがあります。

相手の不動産を差し押さえるには何が必要ですか?

不動産を差し押さえるには、登記上の所在地、地番、家屋番号など、対象不動産を特定できる情報が必要です。住所だけでは登記上の表示と一致しないことがあるため、不動産登記情報を確認してから手続を検討します。

相手が破産したら慰謝料は回収できませんか?

相手が破産した場合でも、直ちにすべての可能性がなくなるわけではありません。ただし、不倫慰謝料が常に非免責債権になるとは限らず、免責の影響を受けることがあります。破産手続が始まっている場合は、個別に確認する必要があります。

強制執行は弁護士に依頼すべきですか?

債務名義と財産情報が明確で、必要書類もそろっている場合は、自分で申立てを検討できることもあります。もっとも、勤務先や口座が不明な場合、財産開示・情報取得を使いたい場合、相手が破産を主張している場合、費用倒れを避けたい場合は、弁護士に相談するメリットが大きいです。

まとめ:債務名義と財産情報を確認し、回収可能性の高い差押えを選びましょう

裁判で決まった慰謝料を相手が払わない場合、債務名義があり、差押え対象財産を特定できれば、強制執行・差押えに進むことができます。もっとも、差押えは万能ではありません。相手の財産が分からない、財産がない、破産した、差し押さえても回収額が少ないというリスクもあります。

  • 判決・和解調書・調停調書・強制執行認諾文言付き公正証書があれば、差押えを検討できます。
  • 給料差押えでは勤務先、預貯金差押えでは銀行名・支店名、不動産差押えでは登記情報が重要です。
  • 財産が分からない場合は、財産開示手続や第三者からの情報取得手続を検討します。
  • 不倫慰謝料でも、相手が破産した場合に常に非免責債権になるとは限りません。
  • 空振りや費用倒れを避けるため、債務名義・財産情報・回収見込みを整理して進めることが大切です。

相手が払わない状態が続くと、感情的に督促を強めたくなることもあります。しかし、勤務先への不必要な連絡や圧力、SNSでの暴露、自宅への押しかけなどは、別のトラブルにつながるおそれがあります。回収を進めたい場合は、手元の書面と財産情報を整理し、法的に使える手続を選ぶことが重要です。

坂尾陽弁護士

慰謝料の回収は、債務名義と財産情報の整理が出発点です。迷う場合は、差押えの前に回収可能性を確認しましょう。

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債務名義がない段階の対応、公正証書の作成、裁判手続や和解条項の確認が必要な場合は、次の記事も参考にしてください。

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