交際相手が実は既婚者だったと分かると、「自分はだまされたのだから相手に慰謝料を請求したい」という気持ちと、「相手の配偶者から逆に慰謝料を請求されるのではないか」という不安が同時に出てくることがあります。
このような場面では、相手が独身だと説明していたのか、離婚済みだと言っていたのか、夫婦関係は破綻している・離婚予定だと言っていたのか、そして既婚者だと分かった後に交際を止めたのかによって、見通しが大きく変わります。
貞操権侵害による慰謝料請求は、相手が既婚者だったというだけで当然に認められるものではありません。一方で、独身だと信じて性的関係を持った場合や、結婚を前提にしていると信じて交際した場合には、相手本人に慰謝料を請求できる可能性があります。
- 貞操権侵害とは、虚偽説明により性的関係を持つかどうかの自由な判断を害された場合の問題です。
- 既婚者だと知らず、発覚後すぐ交際を止めた場合は、慰謝料請求を検討しやすい類型です。
- 既婚者だと知った後も交際を続けた場合は、原則として請求が難しくなり、相手配偶者から請求されるリスクも高まります。
- 慰謝料相場は50万円〜300万円程度が一応の目安で、一般的には200万円程度が意識されます。
- 請求する側も請求された側も、まずは既婚者だと知った時期、その後の対応、証拠を時系列で整理することが重要です。
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業

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貞操権侵害とは
貞操権侵害とは、簡単にいえば、誰と性的関係を持つかを自分で決める自由が、相手の虚偽説明によって害された場合の問題です。法律上は、人格権や性的自己決定の侵害として、不法行為に基づく慰謝料請求が問題になります。
典型例は、相手が既婚者であるにもかかわらず、「独身です」「離婚しています」「結婚を前提に交際したい」などと説明し、その説明を信じた人が性的関係を持ったケースです。相手が真実を説明していれば性的関係を持たなかった、または交際を続けなかったといえる場合には、貞操権侵害として慰謝料請求を検討する余地があります。
ただし、貞操権侵害は「交際で傷ついた」「結婚できなかった」という気持ちだけで成立するものではありません。相手の虚偽説明があったか、その虚偽説明が性的関係や交際継続の判断に影響したか、結婚への期待を抱かせる事情があったか、発覚後の対応はどうだったかなどを総合して判断します。
不倫慰謝料との違い
貞操権侵害と不倫慰謝料は、似た場面で問題になりますが、請求する人と守られる利益が異なります。
- 貞操権侵害は、独身だと信じた交際相手が、虚偽説明をした既婚者本人に請求するものです。
- 不倫慰謝料は、不倫された配偶者が、不倫をした配偶者や不倫相手に請求するものです。
- 貞操権侵害では、相手の虚偽説明が性的な意思決定に影響したかが中心になります。
- 不倫慰謝料では、不倫相手が既婚者だと知っていたか、知らなかったとしても落ち度があったかが中心になります。
そのため、同じ「相手が既婚者だった」という場面でも、交際相手本人に貞操権侵害として請求できるかと、相手の配偶者から不倫慰謝料を請求されるかは、別の問題として分けて考える必要があります。
あなたが「独身だと信じていた側」であれば、相手本人への請求を検討できることがあります。他方で、既婚者だと分かった後も関係を続けた場合には、相手配偶者から不倫慰謝料を請求されるリスクが強くなります。
また、貞操権侵害は、通常、性的関係があったことを前提に問題になります。食事やデートだけの関係、メッセージのやり取りだけの関係では、貞操権侵害としての慰謝料請求は難しく、別の法的問題として検討することになります。
貞操権侵害で慰謝料請求できる可能性が高いケース
貞操権侵害で慰謝料請求できるかは、単純に「相手が既婚者だったか」だけで決まりません。重要なのは、相手がどのような説明をし、その説明を信じたことが性的関係を持つ判断や交際を続ける判断にどの程度影響したかです。
特に、既婚者であることを知らずに交際し、既婚者だと分かった段階で交際関係を止めた場合は、慰謝料請求を検討しやすい類型です。逆に、既婚者だと知った後も交際を続けた場合には、相手本人への請求が難しくなるだけでなく、相手の配偶者から不倫慰謝料を請求される危険も高まります。
ここでは、まず請求できる可能性が比較的高いケースを整理します。なお、独身と嘘をつかれた場合の証拠や別れ方を詳しく確認したい場合は、独身偽装された場合の慰謝料・証拠もあわせて確認してください。
完全に独身だと言われていた場合
もっとも分かりやすいのは、相手から「独身です」「結婚したことはありません」「今は交際相手もいません」などと説明され、その説明を信じて交際したケースです。
この場合、相手が既婚者だと知っていれば性的関係を持たなかった、結婚を前提に交際しなかったといえることが多く、相手の虚偽説明が性的な意思決定に強く影響したと評価されやすくなります。
裁判例でも、独身者向けのサイトを利用していた既婚男性が、既婚者であることを隠し、結婚をほのめかして交際し、複数回性交渉に及んだ事案で、貞操権侵害が認められたものがあります。東京地裁令和2年3月2日判決は、既婚を隠した言動や結婚への期待を抱かせた事情を重視し、慰謝料を認めています。
完全に独身だと言われていた場合には、次のような証拠が重要になります。
- 独身だと明言したLINE、メール、DM
- 婚活サイトやマッチングアプリのプロフィール
- 結婚を前提にしていることを示すメッセージ
- 家族紹介、同居、入籍時期、婚姻届に関するやり取り
- 既婚者だと分かった直後に別れたことが分かる連絡内容
マッチングアプリで出会った場合は、プロフィールが消えたり、相手にブロックされたりする前に証拠を保存することが重要です。アプリ固有の証拠整理は、マッチングアプリ不倫の慰謝料・証拠で詳しく確認できます。
離婚済みだと言われていた場合
「以前は結婚していたが、もう離婚している」と言われていた場合も、貞操権侵害の慰謝料請求を検討できることがあります。完全な独身と説明された場合と同じく、相手が既婚者であることを知らなかったからこそ交際したといえるためです。
もっとも、離婚済みという説明は、完全に独身だという説明に比べると、入籍や同居、戸籍、子ども、元配偶者との関係など、不自然な事情が後から出てくることがあります。そのため、相手の説明を信じた根拠があったか、途中で強く疑うべき事情があったかが問題になりやすい類型です。
たとえば、相手が婚姻届を見せた、入籍予定を具体的に話していた、職場や友人にも離婚済みと説明していた、周囲も独身者として扱っていたといった事情があれば、相手の説明を信じたことに理由があったと説明しやすくなります。
反対に、入籍を何度も先延ばしにする、自宅を一切教えない、休日や夜間の連絡を極端に避ける、家族関係を確認しようとすると話をそらすなどの事情がある場合は、相手本人への請求や相手配偶者からの請求への対応で慎重な検討が必要になります。
結婚前提・婚活・結婚相談所で出会った場合
結婚を前提にした出会いであることは、貞操権侵害の判断で重要な事情になります。婚活サイト、結婚相談所、独身者限定のサービス、友人からの結婚前提の紹介などでは、読者側が「相手は独身で、真剣な交際を考えている」と信じやすいからです。
東京地裁平成23年6月23日判決は、結婚相談所を通じて知り合った相手との関係について、婚約の成立までは認めませんでしたが、相手が真実結婚する意思がないにもかかわらず、結婚を視野に入れた真摯な交際を望んでいるかのように装って肉体関係を持ったとして、慰謝料を認めています。
このように、婚約が成立していない場合でも、結婚願望を利用して性的関係を持ったと評価される事情があれば、貞操権侵害として慰謝料請求が認められることがあります。
婚活・結婚前提の事案では、次の事情を整理しておくと、相手の虚偽説明や結婚期待の程度を説明しやすくなります。
- 出会いの場が、独身者や結婚希望者を前提にしたものだったか
- 相手が結婚、入籍、同居、子ども、家族紹介について具体的に話していたか
- 性的関係を持つ前後で、結婚を前提にしたやり取りがあったか
- 相手が既婚者だと分かった後、謝罪せず責任逃れをしたか
- 交際終了後、相手が住所や勤務先を隠すなど、請求を困難にする対応をしたか
既婚者だと分かった後すぐに別れた場合
独身偽装や離婚済みとの説明が発覚した後、すぐに交際を止めたかどうかは非常に重要です。既婚者だと知らなかった段階の交際と、既婚者だと知った後の交際では、法的評価が変わるためです。
既婚者だと分かった時点で関係を止めた場合には、「真実を知っていれば交際しなかった」「既婚者との関係を望んでいなかった」という説明がしやすくなります。相手本人への慰謝料請求では、虚偽説明が性的な意思決定に影響したことを示す事情になります。
また、相手の配偶者から不倫慰謝料を請求された場合でも、既婚者だと知らなかったこと、知った後は関係を続けていないことは、重要な反論材料になります。もちろん、個別事情によりますが、少なくとも既婚者だと知った後も交際を続けた場合とは大きく異なります。
発覚後すぐに別れたことを示すためには、別れを告げたメッセージ、相手に既婚を確認したやり取り、連絡を止めた時期、会わなくなった時期などを保存しておくことが大切です。
既婚者だと分かった後も交際を続けると、相手本人への請求が難しくなるだけでなく、相手配偶者から不倫慰謝料を請求されるリスクが高まります。発覚後の対応は、感情だけで決めず、証拠と今後のリスクを踏まえて整理しましょう。
以上のように、慰謝料請求を検討しやすいのは、相手が独身又は離婚済みであると信じて交際し、既婚者だと分かった段階で関係を止めたケースです。他方で、既婚者であることを知った後も交際を続けた場合や、夫婦関係は破綻している・離婚予定だとだけ説明されていた場合には、より慎重な判断が必要になります。
慰謝料請求が難しくなるケース・注意すべきケース
貞操権侵害は、相手が既婚者だったという事実だけで一律に決まるものではありません。大きく分けると、既婚者であることを知らず、発覚後に交際を止めた場合と、既婚者であることを知った後も交際を続けた場合とで、見通しが変わります。
前者では、相手の虚偽説明により性的関係を持つかどうかの判断が歪められたと説明しやすくなります。これに対し、後者では、既婚者との交際であることを認識したうえで関係を続けたと評価されやすく、慰謝料請求は難しくなります。
ただし、「既婚者だと知った後も交際を続けたから、絶対に請求できない」とまではいえません。裁判例では、相手側の詐言や支配的な言動、年齢差、職場上の立場、妊娠・出産、離婚予定という虚偽説明などを踏まえ、相手側の違法性が著しく大きいといえるかが問題になります。
既婚者だと知った後も交際を続けた場合
既婚者だと知った後も交際を続けた場合、貞操権侵害として慰謝料を請求するハードルは高くなります。既婚者との関係であることを認識している以上、相手の配偶者との関係では不倫に加担したと評価される可能性があるためです。
もっとも、最高裁昭和44年9月26日判決は、相手に妻があることを知りながら関係を持った場合でも、その動機が主として相手の詐言を信じたことにあり、相手側の違法性が著しく大きいと評価できるときは、慰謝料請求が許されることがあると示しています。
この考え方からすると、既婚者だと知った後の交際では、単に「離婚すると思っていた」と主張するだけでは足りません。相手がどのような虚偽説明をしたのか、その説明がどの程度具体的だったのか、交際を続けさせた責任が主として相手にあるといえるのかを、証拠とともに説明する必要があります。
- 請求が難しくなりやすい事情:既婚者だと知っていた、離婚が本当に進んでいるか確認していない、相手配偶者から別れるよう求められても続けた、相手の言葉が不確実だと分かりながら関係を続けたなど。
- 例外的に請求を検討し得る事情:相手が具体的な離婚予定を繰り返し説明した、離婚届や別居の事実を示した、若年・職場上の立場などで断りにくい関係があった、妊娠や出産など重大な影響が生じたなど。
仙台高裁昭和46年11月10日判決は、相手に妻子があることを知りながら関係を続け、相手の妻からも関係を断つよう求められていた事案で、慰謝料請求を認めませんでした。既婚者だと知った後も関係を続けた場合には、厳しく見られることがあるという点を押さえておく必要があります。
破綻済み・離婚予定と言われていた場合
「妻とはもう破綻している」「離婚することは決まっている」「離婚届を出すだけ」などと言われていた場合は、完全に独身だと言われた場合とは分けて考える必要があります。相手が既婚者であること自体は知っているため、配偶者から不倫慰謝料を請求されるリスクも残ります。
もっとも、破綻済み・離婚予定という説明があったからといって、相手本人への慰謝料請求が常に否定されるわけではありません。相手が実際には離婚する意思も見込みもないのに、近い将来離婚して結婚するかのように具体的な説明を繰り返し、それによって交際や性的関係を継続させた場合には、慰謝料が認められる余地があります。
東京地裁平成25年4月17日判決は、近い将来妻と離婚して婚姻するという言葉を信じて、肉体関係を伴う交際を継続した事案について、婚約や内縁までは認めませんでした。しかし、虚偽の事実を告げて真実に基づく意思決定を妨げたとして、貞操権侵害に関する慰謝料を認めています。
この裁判例では、請求する側にも相当程度の落ち度があるとされました。それでも、相手が虚偽の離婚説明を繰り返していたことが重視されています。つまり、破綻済み・離婚予定型では、請求する側の落ち度が問題になり得る一方で、相手側の虚偽説明が具体的で悪質であれば、なお請求が認められることがあります。
破綻済み・離婚予定型では、「既婚者だと知っていたか」だけでなく、「相手がどのような離婚説明をしたか」「その説明を信じて交際を続けたといえるか」「真実を知っていれば性的関係を続けなかったといえるか」が重要です。
東京地裁令和3年8月30日判決も、妻がいることを知った後の交際について慰謝料を認めた裁判例として参考になります。ただし、この事案では、請求された側が裁判に出頭せず主張事実を争わなかった事情や、請求する側が若年で、職場関係や離婚届を見せられた事情などもあります。そのため、一般的に「既婚者だと知った後でも当然に請求できる」と読むべきではありません。
相手配偶者から不倫慰謝料を請求されるリスク
独身だと信じて交際していた人にとって、もっともつらいのは、だまされた側であるにもかかわらず、相手の配偶者から不倫慰謝料を請求される可能性があることです。
この点は、発覚前と発覚後で切り分けることが重要です。既婚者だと知らず、知らなかったことについても過失がない場合には、相手配偶者に対する不法行為が成立しない、又は責任を否定できる可能性があります。特に、独身者限定の場で出会った、相手が独身又は離婚済みだと一貫して説明していた、発覚後すぐに別れたといった事情は重要です。
他方で、既婚者だと分かった後も交際を続けた場合、その後の関係については「既婚者と知りながら続けた」と評価されやすくなります。相手本人に対する貞操権侵害の請求をしたことで、相手配偶者から不倫慰謝料を請求される、又は交渉の中でそのリスクが顕在化することもあります。
相手配偶者から請求された場合の反論や証拠は、貞操権侵害とは別に整理する必要があります。既婚者だと知らなかった場合の支払義務や証拠については、既婚者と知らなかった場合の反論・証拠で詳しく解説しています。
費用倒れ・反請求リスクも考えて請求方針を決める
貞操権侵害の慰謝料請求では、「請求できる可能性があるか」と「実際に請求すべきか」を分けて考える必要があります。証拠が弱い、相手の住所や資力が分からない、請求額に比べて見込回収額が低い、相手配偶者から反対に請求されるリスクがある場合には、費用倒れになることがあります。
ここでいう費用倒れとは、たとえば300万円を請求しても、実際の和解額や認容額が50万円から100万円程度にとどまる可能性が高く、弁護士費用、訴訟対応の負担、時間的・精神的負担を考えると、得られる利益が小さくなるような場面です。
もちろん、費用倒れの可能性があるからといって、直ちに請求をあきらめるべきという意味ではありません。相手の言動が悪質で、証拠も十分にあり、時効も迫っている場合には、早めに請求準備を進めるべきこともあります。
大切なのは、感情的に請求額だけを決めるのではなく、次の事情を整理してから方針を決めることです。
- 独身・離婚済み・離婚予定などの虚偽説明を示す証拠
- 性的関係や結婚期待を示す証拠
- 既婚者だと分かった後に交際を止めたかどうか
- 相手配偶者から請求される可能性
- 相手の住所、勤務先、資力、回収可能性
- 時効までの残り期間
請求する側も、請求された側も、最初に事実関係を時系列で整理しておくと、慰謝料請求の見通しを判断しやすくなります。
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貞操権侵害の慰謝料相場と裁判例
貞操権侵害の慰謝料は、事案ごとの差が大きい分野です。もっとも、実務上は、50万円から300万円程度が一応の目安となり、一般的には200万円程度が相場として意識されることが多いと考えてよいでしょう。
ただし、これは機械的な基準ではありません。交際期間が長い、結婚を前提にしていた、妊娠・中絶・出産が絡む、発覚後の相手の対応が不誠実、相手が住所や連絡先を隠すなどの事情があると、300万円を超える高額の慰謝料が問題になることもあります。
反対に、交際期間が短い、結婚期待が弱い、既婚者だと疑うべき事情が強い、既婚者と知った後も交際を続けた、請求する側にも大きな落ち度があるといった事情がある場合には、慰謝料額は低くなりやすく、場合によっては慰謝料が認められないこともあります。
慰謝料を高くする事情・低くする事情
慰謝料額は、単に「交際した」「だまされた」というだけで決まるものではありません。裁判例では、虚偽説明の悪質性、性的関係に至った経緯、結婚期待の程度、発覚後の対応などが総合的に考慮されています。
- 高額化しやすい事情:長期間にわたって独身と偽った、結婚や入籍を具体的に約束した、家族紹介や同居など夫婦に近い外形があった、妊娠・中絶・出産が絡む、相手が発覚後も責任逃れをしたなど。
- 低額化しやすい事情:交際期間が短い、結婚前提とまではいえない、既婚者だと疑うべき事情があった、既婚発覚後も関係を続けた、請求する側にも相当の落ち度があるなど。
妊娠・中絶・認知・養育費が絡む場合は、貞操権侵害だけでなく、認知や養育費、出産費用、合意内容など別の論点も出てきます。この点は主題が広がるため、詳しくは不倫妊娠トラブル総まとめで確認してください。
裁判例で見る金額の幅
裁判例を見ると、慰謝料額は数十万円にとどまる例から、数百万円に達する例まで幅があります。以下は、金額感を理解するための代表的な整理です。
| 裁判例 | 事案の特徴 | 慰謝料額 | 読み取れるポイント |
|---|---|---|---|
| 東京地裁令和2年3月2日判決 | 独身者向けサイトで既婚を隠し、結婚をほのめかして複数回性交渉に及んだ事案 | 50万円 | 独身偽装があっても、交際期間や影響の程度によっては50万円程度にとどまることがある。 |
| 東京地裁令和元年12月23日判決 | 約4年半にわたり既婚を隠し、独身であると誤信させる言動を続けた事案 | 100万円 | 長期交際でも、婚約破棄とまではいえない場合などには100万円程度にとどまることがある。 |
| 東京地裁平成23年6月23日判決 | 結婚相談所を通じて知り合い、結婚を視野に入れた真摯な交際を装って肉体関係を持った事案 | 200万円 | 結婚願望の利用や婚活の文脈があると、200万円程度が認められることがある。 |
| 東京地裁平成19年8月29日判決 | 長期間にわたり既婚を隠して交際し、出産や養育の負担も問題になった事案 | 500万円 | 長期交際、婚姻への期待、子の養育など重大な影響があると高額化し得る。 |
| 東京地裁平成25年4月17日判決 | 近い将来妻と離婚して婚姻するという虚偽説明を信じ、肉体関係を伴う交際を継続した事案 | 70万円 | 既婚であることを知っていても、具体的な虚偽説明があれば慰謝料が認められる余地がある。 |
| 東京地裁令和3年8月30日判決 | 妻の存在を知った後の交際も問題になったが、若年性、職場関係、離婚届を見せられた事情などがあった事案 | 25万円 | 特殊事情のある事案として参考になるが、一般化には注意が必要。 |
| 東京地裁平成25年2月6日判決 | 既婚者であることを了承したうえで交際を始め、離婚や結婚の言葉を信じたと主張した事案 | 慰謝料は認められず | 既婚者と知ったうえで関係に入った場合、相手の違法性が著しく大きいといえなければ厳しい。 |
このように、裁判例の金額は幅があります。したがって、請求書に300万円と書かれているからといって、その金額が当然に認められるわけではありません。一方で、裁判例に50万円や70万円の例があるからといって、すべての事案が低額にとどまるわけでもありません。
相場を見るときの注意点
相場を考えるときは、まず「発覚前の交際」と「発覚後の交際」を分けることが重要です。既婚者だと知らなかった段階の交際では、相手の虚偽説明が性的意思決定に影響したことを中心に検討します。これに対し、既婚者だと知った後の交際では、相手側の違法性がどれほど大きいか、請求する側の落ち度がどの程度あるかが問題になります。
また、裁判で認められる金額と、示談交渉で合意する金額は必ずしも同じではありません。交渉では、証拠の強さ、相手の支払能力、早期解決の必要性、相手配偶者からの請求リスク、口外禁止や接触禁止などの条件も踏まえて、金額が調整されることがあります。
請求する側は、相場より大幅に高い金額を請求すると、交渉が長期化したり、相手が弁護士に依頼して強く争ったりする可能性があります。請求された側は、請求額だけを見て慌てて支払うのではなく、相場、証拠、時効、相手側の事情を確認して、減額交渉の余地を検討することが大切です。
貞操権侵害の慰謝料相場は、金額だけを切り取って判断すると誤解しやすい分野です。相手が何を偽ったのか、いつ既婚者だと分かったのか、発覚後に関係を止めたのか、証拠がどこまで残っているのかを合わせて整理しましょう。
次に、実際に請求を検討するうえで重要になる時効、証拠、請求方法を整理します。
時効・証拠・請求方法
貞操権侵害で慰謝料を請求する場合、相手の言動が悪質だったかどうかだけでなく、時効にかかっていないか、証拠が残っているか、どのような方法で請求するかを早い段階で整理する必要があります。
特に、既婚者だと分かった直後は感情が大きく動きますが、時間が経つと、メッセージが消える、アプリのプロフィールが見られなくなる、相手の住所が分からなくなるなど、請求準備が難しくなることがあります。
ここでは、貞操権侵害の請求で最低限押さえておきたい時効、証拠、請求方法をコンパクトに整理します。
時効はいつから進むか
貞操権侵害による慰謝料請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として、原則として損害及び加害者を知った時から3年、又は不法行為の時から20年で時効が問題になります。
貞操権侵害で特に重要なのは、「いつ既婚者だと分かったのか」「いつ独身・離婚済み・離婚予定などの説明が虚偽だったと分かったのか」です。多くの事案では、交際相手本人が誰かは分かっているため、主な争点は、相手が既婚者だったことや、相手の説明が虚偽だったことをいつ知ったかになります。
たとえば、相手の配偶者から連絡が来た日、戸籍や通知書で既婚者だと確認した日、相手本人が既婚を認めた日などは、時効の起算点を考えるうえで重要な日付になります。他方で、単に「怪しい」と感じていただけの時点と、既婚者であることを具体的に知った時点とは、分けて整理する必要があります。
内容証明を送ることで一定期間、時効の完成猶予を主張できることがありますが、送るだけで永久に時効が止まるわけではありません。時効が近い場合は、交渉だけでなく、訴訟提起など次の手段まで含めて検討する必要があります。
内容証明の効果や、時効との関係を詳しく確認したい場合は、内容証明の効果と時効との関係も参考になります。
必要な証拠
貞操権侵害では、相手が既婚者だったことだけでなく、相手の虚偽説明が性的関係や交際継続の判断に影響したことを示す必要があります。そのため、証拠は「相手が何を言ったか」「それを信じた理由があるか」「発覚後にどう対応したか」に分けて集めると整理しやすくなります。
| 証拠の種類 | 具体例 | 確認したいポイント |
|---|---|---|
| 独身・離婚済みという説明 | LINE、メール、DM、アプリプロフィール、婚活プロフィール | 相手が独身又は離婚済みだと明確に説明していたか |
| 結婚期待を示す証拠 | 入籍予定、婚姻届、同居、家族紹介、将来の子どもや結婚式に関するやり取り | 性的関係や交際継続が、結婚への期待と結び付いていたか |
| 性的関係・交際経緯 | 宿泊、旅行、ホテル利用、交際期間、会っていた頻度 | 貞操権侵害として問題になる関係があったか |
| 既婚発覚後の対応 | 問い詰めたメッセージ、相手が既婚を認めた連絡、別れを告げた連絡 | 真実を知った後に交際を止めたか、又は継続したか |
| 相手の情報 | 氏名、住所、勤務先、電話番号、アカウント情報 | 請求先を特定できるか、回収可能性があるか |
| 不利になり得る証拠 | 既婚者だと知った後の交際、相手配偶者への連絡、離婚を待つ趣旨のやり取り | 相手本人への請求や配偶者からの請求で不利に見られないか |
証拠は、相手に消される前に保存することが重要です。スクリーンショットだけでなく、日時、相手のアカウント名、会話の流れが分かる形で残しておくと、後から説明しやすくなります。
もっとも、証拠を集めるために相手のスマートフォンを無断で見る、第三者のアカウントにログインする、相手の周囲を巻き込んで強く追及するなどの方法は、別のトラブルを招くおそれがあります。手元にある証拠を整理したうえで、足りない証拠をどう補うかを検討しましょう。
請求の流れ
貞操権侵害の慰謝料請求では、いきなり高額な請求書を送るよりも、まず事実関係を時系列で整理することが大切です。出会い、相手の説明、性的関係、結婚を意識したやり取り、既婚発覚、発覚後の対応を順番にまとめると、請求できるか、いくら請求するかを判断しやすくなります。
- 出会いから既婚発覚までの時系列を整理する
- 独身・離婚済み・離婚予定などの説明を示す証拠を保存する
- 発覚後に交際を止めたか、継続したかを確認する
- 時効までの残り期間を確認する
- 請求額、交渉方法、示談条件を検討する
請求方法としては、まず任意交渉を行い、必要に応じて内容証明郵便を送ることが多いです。内容証明は、請求した事実や請求内容を形に残す方法として有用ですが、送っただけで相手の支払義務が確定するわけではありません。
相手が支払に応じる場合は、金額だけでなく、支払期限、分割払い、清算条項、接触禁止、口外禁止、再請求しないことなどを示談書で確認します。示談書の基本的な考え方は、不倫示談書・合意書の書き方で詳しく解説しています。
相手が支払を拒む、住所を明かさない、証拠関係が争いになる、時効が迫っているといった場合には、訴訟を含めた対応を検討します。裁判では、感情的な主張だけではなく、相手の虚偽説明、結婚期待、性的関係、発覚後の対応を証拠に基づいて説明する必要があります。
弁護士に相談した方がよいケース
貞操権侵害は、請求する側にとっても、請求された側にとっても、感情的な負担が大きい問題です。特に次のような場合は、早めに弁護士へ相談した方が安全です。
- 時効が近い場合:内容証明だけで足りるか、訴訟まで進めるべきかを早急に判断する必要があります。
- 相手配偶者から請求される不安がある場合:相手本人への請求と、配偶者からの不倫慰謝料請求リスクを同時に整理する必要があります。
- 妊娠・中絶・出産が絡む場合:慰謝料だけでなく、認知、養育費、出産費用、合意内容など別論点が出てきます。
- 請求額が高額又は相手が強く争っている場合:相場、証拠、反論、示談条件を踏まえた交渉設計が必要です。
- 相手の住所や勤務先が分からない場合:請求先の特定や訴訟対応の見通しを確認する必要があります。
相談時には、相手とのやり取りをすべて印刷する必要はありません。まずは、出会いから現在までの時系列、残っている主な証拠、相手から届いた請求書や内容証明、相手配偶者からの連絡の有無を整理しておくと、相談がスムーズになります。
貞操権侵害で慰謝料請求された場合
ここまでは、主に貞操権侵害で慰謝料を請求する側の視点を中心に説明しました。他方で、独身だと言った、離婚予定だと言った、結婚をほのめかしたなどとして、相手から貞操権侵害の慰謝料を請求されることもあります。
請求された場合、まず大切なのは、請求額だけを見てすぐに支払を約束しないことです。貞操権侵害の慰謝料は、相手の主張どおりに当然発生するものではなく、性的関係の有無、虚偽説明の有無、結婚期待の程度、相手が既婚者だと知った時期、時効、証拠の強さによって結論が変わります。
- 独身又は離婚済みだと明言したか
- 性的関係があったか
- 結婚前提の具体的な発言や行動があったか
- 相手が既婚者だと知っていた又は疑っていたか
- 既婚発覚後も交際が続いていたか
- 請求額が相場から大きく外れていないか
たとえば、交際期間が短い、結婚前提の具体的なやり取りがない、相手も既婚者だと知っていた、既婚者だと知った後も自分の意思で関係を続けていた、請求額が300万円を大きく超えている、といった事情があれば、支払義務の有無や減額を検討する余地があります。
ただし、相手に対して独身だと積極的に説明していた、婚姻届や入籍日を示していた、相手が既婚発覚後すぐ別れている、証拠が明確に残っている場合には、安易に争うことで交渉がこじれることもあります。反論する場合でも、感情的な否定ではなく、事実と証拠に基づいて整理する必要があります。
貞操権侵害で請求された側の支払義務、反論、減額交渉、示談条項については、貞操権侵害で慰謝料請求された場合の対応で詳しく解説しています。
よくある質問
貞操権侵害とは何ですか?
貞操権侵害とは、誰と性的関係を持つかを自分で決める自由が、相手の虚偽説明によって害された場合の問題です。典型的には、既婚者である相手が独身又は離婚済みだと説明し、その説明を信じて性的関係を持った場合に問題になります。
貞操権侵害の慰謝料はいくらですか?
一応の目安は50万円から300万円程度で、一般的には200万円程度が相場として意識されます。ただし、交際期間、結婚期待、妊娠・出産、発覚後の対応、請求する側の落ち度などによって、これより低くなることも高くなることもあります。
独身だと嘘をつかれていたら必ず請求できますか?
必ず請求できるとは限りません。もっとも、完全に独身だと言われ、その説明を信じて交際し、既婚者だと分かった段階で関係を止めた場合は、慰謝料請求を検討しやすい類型です。独身と説明された証拠、結婚前提のやり取り、発覚後に別れた証拠が重要になります。
既婚者だと知った後も交際を続けた場合はどうなりますか?
原則として、相手本人への慰謝料請求は難しくなります。また、相手配偶者から不倫慰謝料を請求されるリスクも高まります。ただし、相手が具体的な離婚予定を繰り返し説明するなど、相手側の違法性が著しく大きい場合には、例外的に慰謝料請求が認められる余地があります。
離婚予定・破綻済みと言われていた場合は請求できますか?
完全に独身だと言われた場合よりは慎重な検討が必要です。相手が既婚者であること自体は分かっているためです。ただし、実際には離婚する意思や見込みがないのに、近い将来離婚して結婚するという虚偽説明を具体的に繰り返していた場合には、慰謝料請求が認められることがあります。
時効はいつから進みますか?
原則として、損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年で時効が問題になります。貞操権侵害では、相手が既婚者だったことや、独身・離婚済み・離婚予定などの説明が虚偽だったことをいつ知ったかが重要です。時効が近い場合は、内容証明だけで安心せず、早めに具体的な手続を検討しましょう。
まとめ
貞操権侵害の慰謝料請求では、相手が既婚者だったという事実だけでなく、相手の虚偽説明、性的関係に至った経緯、既婚発覚後の対応、証拠、時効を総合して判断する必要があります。
- 既婚者だと知らず、発覚後すぐ別れた場合は、慰謝料請求を検討しやすい類型です。
- 既婚者だと知った後も交際を続けた場合は、請求が難しくなり、配偶者から請求されるリスクも高まります。
- 破綻済み・離婚予定型では、相手の虚偽説明が具体的で悪質だったかが重要です。
- 慰謝料相場は50万円から300万円程度、一般的には200万円程度が目安ですが、事案により大きく変わります。
- 請求する側も請求された側も、時効、証拠、請求額、示談条件を早めに整理することが大切です。
交際相手が既婚者だったと分かった直後は、怒りや不安から、すぐに請求したい、又はすぐに支払って終わらせたいと感じることがあります。しかし、発覚後にどう動くかによって、相手本人への請求、相手配偶者からの請求、示談条件、将来のトラブル防止の見通しが変わります。
まずは、既婚者だと知った時期、相手がどのような説明をしていたか、発覚後に交際を止めたか、どの証拠が残っているかを整理し、請求するか、反論するか、示談で解決するかを慎重に検討しましょう。
坂尾陽弁護士
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