貞操権侵害で慰謝料請求されたら?支払義務・反論・減額交渉を解説

貞操権侵害を理由に慰謝料を請求されると、「いくら払う必要があるのか」「家族や職場に知られないか」「SNSなどで公表されないか」という不安が一気に出てきます。もっとも、請求書に書かれた金額をそのまま支払う必要があるとは限りません。まずは、支払義務があるか、あるとしても金額が妥当か、どのように連絡や公表リスクを管理するかを分けて考える必要があります。

貞操権侵害とは、独身である、離婚済みである、結婚を前提に交際しているなどと相手を誤信させ、その誤信に基づいて性的関係を持った場合などに問題となる不法行為です。ただし、独身と明確に言ったかどうかだけで結論が決まるわけではありません。出会いの場、交際の経緯、相手が何を信じていたか、肉体関係の有無、結婚や出産に関する話、既婚者だと分かった後の対応などを総合して判断されます。

この記事では、貞操権侵害で慰謝料請求された方に向けて、支払義務が問題になる基本条件、反論・減額の考え方、請求書面や証拠の見方を整理します。家族・職場・SNSへの公表リスクについても、記事全体の主軸にはしすぎず、弁護士対応や示談条項でリスクを下げるという実務的な観点から必要な範囲で説明します。

  • 請求額が300万円や500万円でも、裁判でそのまま認められるとは限りません。
  • 肉体関係がない、独身と嘘をついていない、相手も既婚を知っていたなどの事情は反論・減額の材料になります。
  • 相手が完全に独身だと信じていた場合と、離婚済み・離婚予定と聞いていた場合では、過失や金額の評価が変わります。
  • 家族・職場・SNSへの公表リスクは、弁護士を窓口にすることや示談条項で下げられる場合があります。
  • 内容証明、弁護士通知、訴状では対応期限とリスクが違うため、最初に書面の種類を確認することが重要です。

坂尾陽弁護士

貞操権侵害の請求は、感情的なやり取りになりやすい分野です。まずは請求額に反応する前に、相手の主張・証拠・期限を落ち着いて確認しましょう。
(執筆者)弁護士 坂尾陽(Akira Sakao -attorney at law-)

2009年      京都大学法学部卒業
2011年      京都大学法科大学院修了
2011年      司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~     アイシア法律事務所開業

不倫慰謝料に詳しい坂尾陽弁護士

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貞操権侵害で慰謝料請求されたら、まず確認すること

貞操権侵害で慰謝料請求されたときに最初に見るべきなのは、請求額そのものではありません。先に確認すべきなのは、どのような書面が届いたのか、いつまでに対応する必要があるのか、相手がどの事実を根拠に請求しているのかです。

本人からのLINEやメール、内容証明郵便、弁護士名義の通知書、裁判所から届いた訴状では、対応の緊急度が異なります。特に訴状が届いている場合には、答弁書の提出期限や第1回口頭弁論期日を確認しなければなりません。内容証明や弁護士通知であっても、放置していると訴訟に進む、家族や職場への連絡がエスカレートする、こちらの不用意な返信が証拠化されるといったリスクがあります。

注意

訴状が届いている場合は、内容証明や弁護士通知とは対応が異なります。答弁書の提出期限を過ぎると、相手の主張を前提に手続が進むおそれがあります。

請求額と実際に認められる金額は別

貞操権侵害の請求では、相手が300万円、500万円、それ以上の金額を請求してくることがあります。しかし、請求額は相手の希望額であり、裁判で認められる金額とは別です。裁判では、独身と誤信させた態様、交際期間、性的関係の回数、結婚や出産に関する期待、妊娠・中絶・出産の有無、発覚後の対応などを踏まえて金額が判断されます。

たとえば、東京地裁令和元年12月23日判決では、約4年半にわたって既婚者であることを隠し、独身であると誤信させて交際を継続した事案で、慰謝料100万円が認められています。他方で、東京地裁令和4年8月25日判決では、婚姻願望や子を産みたいという願望を認識しながら約3年半交際を続けた事情などが重く見られ、慰謝料400万円が認められています。金額は、単に「独身と嘘をついたか」だけでなく、具体的な事情によって大きく変わります。

家族・職場・SNSへの公表リスクも初動で管理する

貞操権侵害の請求では、金額だけでなく、家族や職場に知られること、SNSなどで公表されることへの不安も大きいはずです。相手が感情的になっている場合、本人同士で直接やり取りを続けると、謝罪・反論・口論の内容がさらに証拠化され、連絡先や周囲への接触が広がることがあります。

この点は、示談条項だけの問題ではありません。弁護士を窓口にすることで、本人同士の直接連絡を減らし、自宅・職場・家族への連絡を控えるよう求めやすくなります。もちろん、弁護士を入れれば絶対に知られないという意味ではありませんが、感情的なやり取りを切り離し、連絡経路を整理することは、公表リスクを下げるうえで重要です。

すぐに本人同士でやり取りしない

請求を受けた直後に、「そんなことは言っていない」「相手も分かっていた」「高すぎる」などと強く反論したくなることがあります。しかし、感情的な返信は、後から不利な証拠として使われることがあります。逆に、全面的に謝罪してしまうと、支払義務や金額を争いにくくなる場合があります。

まずは、届いた書面、相手とのLINEやメール、アプリのプロフィール、交際開始時のやり取り、既婚者であることを相手が知った時期、発覚後のやり取りを保存します。メッセージを削除したり、相手の投稿に反論投稿をしたりする前に、法的な争点を整理することが大切です。

貞操権侵害で支払義務が問題になる基本条件

貞操権侵害で慰謝料の支払義務が問題になる典型例は、相手が「独身だと思っていた」「離婚済みだと思っていた」「結婚を前提に交際していると思っていた」などと主張し、その誤信に基づいて性的関係を持ったというケースです。

ただし、貞操権侵害が認められるかどうかは、形式的な一言だけでは決まりません。裁判では、次のような事情を総合して判断します。

  • 肉体関係・性的関係があったか
  • 独身、離婚済み、離婚予定などと明示したか
  • 明示していなくても、相手を独身だと誤信させる行動があったか
  • 相手が結婚や出産をどの程度期待していたか
  • 婚活アプリ、結婚相談所、独身限定サービスなど、出会いの場に特別な意味があるか
  • 相手が既婚・離婚未了を知っていた、又は疑っていた事情があるか
  • 既婚者だと分かった後、交際を止めたのか続けたのか
  • 妊娠、中絶、出産、認知、避妊拒否などの事情があるか

貞操権侵害の定義、慰謝料相場、時効、証拠を広く確認したい場合は、貞操権侵害の慰謝料相場・時効・証拠も参考になります。この記事では、請求された側がどのように反論・減額を検討するかに絞って説明します。

肉体関係・性的関係があるか

貞操権侵害は、典型的には、相手の性的な意思決定の自由が侵害されたかどうかが問題になります。そのため、肉体関係や性的関係がない場合には、貞操権侵害としての支払義務は争いやすくなります。

MEMO

肉体関係がない場合は、典型的な貞操権侵害とはいえない方向に働きます。ただし、性交類似行為、強い欺罔、別の人格権侵害、金銭や名誉に関する別請求が問題になる余地はあります。

ここで大切なのは、「肉体関係があったかどうか」と「相手がその証拠を持っているか」を分けて考えることです。相手が性的関係を主張している場合には、ホテルの利用履歴、LINEの内容、写真、妊娠・中絶・避妊に関するやり取りなどが証拠として挙げられることがあります。事実と異なる主張であれば、時系列や客観資料で反論できるかを確認します。

独身と明示した場合だけでなく、誤信させる行動も問題になる

「独身だと言った覚えはない」という反論は重要ですが、それだけで必ず支払義務がなくなるわけではありません。裁判では、明示的に独身と言ったかだけでなく、相手を独身だと誤信させる行動があったかも見られます。

東京地裁令和4年8月25日判決では、既婚者であることを明示していなかっただけでなく、相手の家族と旅行をする、自宅の鍵を受け取る、将来を期待させるやり取りを続けるなどの事情も踏まえ、相手を独身だと誤信させたことが問題にされました。このように、明確な「独身です」という一言がなくても、交際全体の態様から不利に評価されることがあります。

また、婚活アプリや独身者向けサービスを使っていた場合は、出会いの場そのものが重要です。東京地裁令和2年3月2日判決では、独身者向けサイトで離婚経験のある独身者であるかのように登録し、結婚をほのめかす発言などをした事情が考慮されています。相手が「独身者と出会う場だから信じた」と主張する場合には、プロフィールやメッセージの内容が重要になります。

独身偽装された側がどのような証拠で請求してくるかを理解したい場合は、独身偽装された場合の慰謝料・証拠を確認すると、相手方の主張の組み立てを把握しやすくなります。

結婚前提・出産期待・婚活目的があると不利になりやすい

貞操権侵害では、婚約が成立していることまでは必要とされない場合があります。婚約とまではいえなくても、相手が結婚を強く希望していたこと、結婚相手以外とは肉体関係を持たない意思だったこと、子を産みたいという希望を伝えていたことなどを、こちらが認識していた場合には、不利な事情になり得ます。

東京地裁令和4年8月25日判決では、婚約関係といえるほどではないとしつつも、相手が真剣に子を産みたいと願っていたことや、独身だと誤解していることを認識しながら関係を続けたことなどが重く見られました。逆にいえば、請求された側としては、結婚や出産を前提にした交際ではなかったこと、相手にもその認識があったこと、婚活目的ではなかったことを具体的なやり取りで示せるかが重要になります。

もっとも、「結婚前提ではなかった」といえば常に貞操権侵害が否定されるわけではありません。大阪地裁令和6年7月19日判決では、婚姻を前提とした交際関係ではなかったことから、独身であると偽ったことだけで直ちに不法行為とはいえないと判断されましたが、避妊に応じなかったことや妊娠後の不誠実な対応などが別途問題とされています。結婚前提の有無は重要ですが、妊娠・避妊・認知などの事情がある場合には、別の観点から責任が問題になることがあります。

既婚発覚時の対応も金額や反論に影響する

相手が既婚者であることを知った時点で交際を止めたのか、それとも発覚後も交際を続けたのかは、貞操権侵害の強さや金額に影響します。相手が既婚者だと知った後も関係を続けていた場合、相手の請求は弱くなる、又は減額されやすい方向に働くことがあります。

ただし、既婚者だと知った後も関係が続いたからといって、相手の請求が必ずゼロになるわけではありません。年齢差、職場での上下関係、妊娠、離婚届を見せるような強い説明、精神的に断りにくい関係などがあると、単純に「知っていたのだから自己責任」とはいえない場合があります。

相手が既婚者であることを知らなかった側が、配偶者から不倫慰謝料を請求される場面については、既婚者と知らなかった場合の支払義務・証拠も関係します。貞操権侵害の請求と、配偶者からの不倫慰謝料請求は、似ているようで検討する利益や立場が異なるため、混同しないようにします。

請求書面・証拠・期限を整理する

貞操権侵害で請求された場合、最初の対応で重要なのは、反論を思いつくままに送ることではなく、請求の中身を分解することです。請求書面には、相手の感情や評価が強く書かれていることもありますが、法的に見るべきポイントは限られます。

次の順番で整理すると、支払義務の有無、反論できる点、減額交渉できる点が見えやすくなります。

  • 誰から請求されているか。本人、代理人弁護士、裁判所のいずれか
  • 何を理由に請求されているか。貞操権侵害、婚約破棄、手切れ金、口止め料などが混在していないか
  • いくら請求されているか。慰謝料、弁護士費用、調査費用、治療費などの内訳があるか
  • いつまでに回答・支払を求められているか
  • 相手がどの証拠を持っていると書いているか
  • 家族、職場、SNSへの連絡や公表を示唆する記載があるか

まず請求内容と期限を確認する

本人からのメッセージで「慰謝料を払ってください」と言われている段階と、弁護士名義の通知書が届いている段階と、裁判所から訴状が届いている段階では、対応の優先順位が違います。

本人からの連絡であっても、無視や暴言は避けるべきです。ただし、すぐに認める必要もありません。弁護士名義の通知書や内容証明郵便では、回答期限が短く設定されていることがありますが、相手の指定期限がそのまま法律上の期限になるとは限りません。とはいえ、期限を過ぎると相手が訴訟に進む可能性があるため、回答前に事実関係と証拠を整理します。

訴状が届いている場合は別です。裁判所から届く書類には、答弁書の提出期限や第1回口頭弁論期日が記載されています。訴状を放置すると、こちらの言い分を十分に出せないまま手続が進むおそれがあります。訴状が届いたら、まず封筒・送達日・答弁書期限・期日を確認してください。

相手が持っていそうな証拠を確認する

貞操権侵害の請求では、相手がどのような証拠を持っているかによって、反論の組み立てが変わります。特に重要なのは、交際開始前後のやり取り、性的関係に関する資料、独身・離婚・結婚に関する発言、相手が既婚を知った時期を示す資料です。

相手方が提出してくる可能性がある証拠には、次のようなものがあります。

  • 独身、離婚済み、離婚予定などと説明したLINE・メール
  • 婚活アプリやマッチングアプリのプロフィール
  • 結婚、入籍、同居、子ども、将来の生活に関するメッセージ
  • ホテル利用、旅行、宿泊、合鍵、家族や友人への紹介に関する資料
  • 妊娠、避妊、中絶、出産、認知、養育費に関するやり取り
  • 既婚者であることが発覚した日のメッセージ
  • 発覚後の謝罪、弁解、金銭提案、連絡拒否などのやり取り

たとえば、独身者向けのサービスで「独身」と登録していた場合や、結婚式・子ども・同居の話を具体的にしていた場合には、相手が独身や婚姻可能性を信じたと主張しやすくなります。反対に、相手が早い段階で既婚者であることを疑っていたメッセージや、離婚未了を理解していたやり取りがあれば、反論・減額の材料になります。

こちらの反論証拠を整理する

請求された側では、相手の主張を否定する証拠だけでなく、金額を下げるための証拠も重要です。支払義務を完全に争うのか、一定の責任は前提にしつつ減額交渉をするのかによって、集めるべき資料も変わります。

反論・減額に使える可能性がある資料としては、相手が既婚者であることを知っていた又は疑っていたLINE、結婚前提ではないと分かるやり取り、交際期間や性的関係の回数が限られる資料、相手から積極的に関係を求めていた事情、発覚後も関係が継続していた事情、相手からの過大請求や公表示唆のメッセージなどがあります。

一方で、不用意な謝罪文、金額を認めるような返信、証拠隠しと疑われる削除、相手を攻撃する投稿は、不利に使われることがあります。証拠は削除せず保存し、こちらから出すべきものと出さない方がよいものを分けて検討します。

ここまで整理すると、次に検討すべきなのは、支払義務を争える事情と、支払義務が残るとしても金額を下げられる事情です。貞操権侵害の請求では、成立要件の反論と減額事情が重なることも多いため、事実関係を時系列で整理してから交渉方針を決めることが重要です。

支払義務がない、又は減額できる反論

貞操権侵害で請求された場合、反論は大きく分けると、支払義務そのものを争う反論と、支払義務が残るとしても金額を下げる反論があります。たとえば、肉体関係がない場合や、相手が既婚者であることを最初から知っていた場合には、支払義務を強く争えることがあります。一方で、独身だと誤信させた事情がある場合でも、交際期間が短い、結婚前提ではない、相手も途中から既婚者であることを知っていたなどの事情は、減額交渉の材料になります。

重要なのは、単に「独身とは言っていない」「相手も分かっていたはずだ」と主張するだけでは足りないことです。裁判や交渉では、LINE、メール、アプリのプロフィール、通話後のメッセージ、発覚時のやり取り、妊娠や認知に関する連絡などから、相手が何を信じ、あなたが何を説明し、どの時点で既婚者であることが分かったのかを見られます。

反論と減額は分けて考える

貞操権侵害では、相手に落ち度があるからといって、常に支払義務がゼロになるわけではありません。相手の認識や過失は、支払義務の有無だけでなく、慰謝料額を下げる事情としても整理します。

以下では、請求された側で特に検討すべき反論を順番に整理します。

肉体関係がない、又は証拠が弱い

貞操権侵害は、典型的には、相手が独身である、離婚済みである、結婚できるなどと信じ、その誤信に基づいて性的関係を持ったことが問題になります。そのため、肉体関係や性的関係が全くない場合には、貞操権侵害としての支払義務を争いやすくなります。

もっとも、肉体関係がないと主張する場合でも、相手がどのような行為を「性的関係」と主張しているのかを確認する必要があります。宿泊、ホテル利用、性的な画像・動画のやり取り、性的行為に近い接触などがあると、単純に「性交渉がないから問題ない」とはいえないことがあります。また、貞操権侵害そのものが弱くても、名誉毀損、プライバシー侵害、婚約破棄、貸金返還など別の請求名目が残る場合もあります。

反論するときは、会っていた場所、宿泊の有無、ホテルの利用状況、メッセージの内容、相手が主張する日時のアリバイ、第三者の同席状況などを整理します。相手が肉体関係の存在を具体的に示せていない場合には、請求額の大幅な減額や請求自体の撤回を求める余地があります。

独身と嘘をついていない

「独身だとは言っていない」という反論は重要です。ただし、貞操権侵害では、明確に「独身です」と言ったかだけでなく、相手を独身だと誤信させるような行動をしたかも問題になります。

東京地裁令和4年8月25日判決は、男性が積極的に独身であると偽ったわけではないとの主張を排斥し、妻子ある男性であれば通常取りにくい行動をしていたことなどから、相手を独身であるかのように誤信させる言動があったと評価しました。たとえば、相手の家族と旅行する、深夜に相手宅を訪れる、相手宅の鍵を受け取る、将来を期待させるメッセージを続けるなどの事情は、不利に見られることがあります。

そのため、この反論では、単に「独身と言った証拠はない」と主張するだけでは足りません。相手が独身だと信じた理由がどこにあるのかを確認し、その理由がこちらの言動によるものではないこと、又は相手が合理的に独身だと信じたとはいえないことを具体的に示す必要があります。

  • 独身と明記したLINEやアプリプロフィールがないか
  • 離婚済み、独身、結婚歴なしなどと説明した記録がないか
  • 相手の家族・友人にどのように紹介されていたか
  • 結婚、同居、子ども、将来の生活についてどの程度話していたか
  • 自宅住所、勤務先、家族構成を隠していた理由をどう説明していたか

独身と嘘をついていない場合でも、既婚者であることをあえて曖昧にし、相手が独身だと信じていることに気付きながら関係を続けたと評価されると、反論は弱くなります。逆に、相手が早い段階から既婚者であることを疑っていた、結婚前提ではないと理解していた、又は離婚未了であることを知っていた資料がある場合には、次の反論につながります。

相手が既婚・離婚未了を知っていた、又は疑っていた

請求してきた相手が、あなたに配偶者がいることや、まだ離婚が成立していないことを知っていた場合は、強い反論・減額事情になります。貞操権侵害は、相手が真実を知らずに性的関係を持ったことを問題にする請求だからです。

たとえば、相手が「奥さんとはどうなっているの」「本当に離婚したの」「家族にばれないの」などと送っている場合、既婚者であることや離婚未了を疑っていた事情になります。既婚者であることを知った後も関係を続けていた場合にも、相手が完全な被害者として慰謝料を請求する構図は弱くなります。

もっとも、相手が既婚者であることを知っていたからといって、必ず慰謝料請求が否定されるわけではありません。最高裁昭和44年9月26日判決は、女性が男性に妻のあることを知っていた場合でも、情交関係を結んだ動機が主として男性の詐言を信じたことにあり、男性側の違法性が著しく大きいと評価できるときは、慰謝料請求が許され得ると判断しています。

したがって、反論の組み立てでは、「相手が知っていた」という一点だけで押し切るのではなく、相手の年齢、社会経験、交際の始まり方、離婚説明の具体性、妊娠・出産の有無、上下関係、相手が関係を続けた理由、こちらの説明の悪質性を総合して整理します。相手の落ち度が大きい場合は支払義務を争い、支払義務が残る場合でも減額交渉に使います。

相手が「既婚者とは知らなかった」としてあなたの配偶者から慰謝料請求を受けている場合には、故意・過失の有無が別途問題になります。既婚者と知らなかった場合の不倫慰謝料の考え方は、既婚者と知らなかった場合の支払義務・証拠も参考になります。

完全独身・離婚済み・破綻済み/離婚予定の違い

相手にどのように説明していたかによって、反論の強さは変わります。大きく分けると、完全に独身だと言っていた場合、離婚済みだと言っていた場合、破綻済み又は離婚予定だと言っていた場合があります。

説明内容 請求された側のリスク 反論・減額の見方
完全に独身だと言っていた 高い 相手が独身だと信じやすく、請求された側に不利です。婚活アプリ、独身限定サービス、独身とのLINEがあると特に注意が必要です。
離婚済みだと言っていた 中程度 相手が戸籍まで確認しなかったことだけで過失とは限りません。ただし、入籍先延ばし、認知だけ、同居不可など不自然な事情があれば、相手の過失や減額が問題になります。
破綻済み・離婚予定だと言っていた 事案による 相手は既婚又は離婚未了を認識しているため、反論・減額事情になりやすいです。ただし、離婚が確実であるかのような強い虚偽説明を続けた場合は、請求が残ることがあります。

完全に独身だと言っていた場合には、相手側の過失は否定されやすく、請求された側に不利です。東京地裁令和2年3月2日判決は、独身者向けサイトで独身男性をかたり、結婚をほのめかして複数回性交渉に及んだ事案で、慰謝料50万円を認めています。

離婚済みだと言っていた場合は、相手がどこまで疑うべきだったかが問題になります。相手が「離婚済み」と説明され、勤務先や周囲も独身だと見ていた場合、相手に戸籍確認まで求めるのは難しいことがあります。他方で、出産や認知の場面で入籍を先延ばしにしていた、婚姻届を出せない理由が変わる、家族の存在を疑わせる資料があるなどの場合は、相手の過失や減額事情として検討します。

破綻済み又は離婚予定だと説明していた場合は、相手が既婚又は離婚未了を認識していた点が重要です。もっとも、東京地裁平成25年4月17日判決は、相手にも相当程度の落ち度があるとしながら、近い将来離婚して婚姻するという虚偽の言辞を信じて交際を続けた事案で、貞操権侵害に関する慰謝料70万円を認めています。破綻済み・離婚予定型でも、虚偽説明の強さによっては支払義務が残る点に注意が必要です。

このように、3分類は「どれなら必ずゼロ」という機械的な基準ではありません。相手が何を知っていたか、どこまで信じてよい状況だったか、あなたの説明がどの程度具体的だったかを見て、支払義務の有無と金額を分けて判断します。独身偽装された側の請求や証拠については、独身偽装された場合の慰謝料・証拠で詳しく整理しています。

結婚前提ではなかった

貞操権侵害の請求では、「結婚前提の交際ではなかった」という反論も重要です。単なる恋愛関係や一時的な関係であり、結婚や将来の共同生活を期待させる発言がなかった場合には、慰謝料請求は弱くなりやすいです。

大阪地裁令和6年7月19日判決は、独身であるか否かが性交渉に応じるかどうかを決める要素の一つであるとしつつ、婚姻を前提とした交際関係にはなかったことから、独身であると偽ったことだけで直ちに不法行為とまでは評価できないと判断しました。他方で、その事案では避妊を求められたのに避妊しなかったことや、妊娠後の認知拒否などを踏まえて、別の違法性が問題とされています。

つまり、結婚前提ではなかったことは有力な反論ですが、それだけで常に安全とはいえません。婚活アプリで知り合った、結婚式や子どもの話をしていた、相手が年齢的に結婚や出産を強く意識していた、避妊・妊娠・認知に関する不誠実な対応がある場合には、結婚前提ではないという反論の効果が弱まります。

この反論では、交際開始時のやり取り、交際期間、会う頻度、相手に結婚の期待を持たせる言動の有無、婚活目的の出会いかどうか、第三者への紹介、同居や入籍準備の有無を確認します。貞操権侵害の総論、相場、時効、証拠については、貞操権侵害の慰謝料相場・時効・証拠も参照してください。

発覚後も交際を続けた

相手があなたに配偶者がいることを知った後も交際を続けていた場合、請求された側にとって反論・減額の重要な材料になります。既婚者であることを知った後の性的関係については、相手が真実を知らずに関係を持ったとは言いにくくなるからです。

ただし、発覚後も交際が続いたことだけで、発覚前の貞操権侵害がすべて消えるわけではありません。最初の性交渉時点では既婚者であることを知らなかった、既婚者だと知った直後に混乱していた、職場の上下関係があった、若年で経験が乏しかった、妊娠や認知の問題があった、離婚届を見せられて信じ込まされたなどの事情があると、相手の請求が一部残る可能性があります。

東京地裁令和3年8月30日判決では、最初の性交渉時には既婚者であることを明かされていなかったこと、既婚者だと知った後も交際が続いたこと、配偶者からの請求に対する支払や求償の問題が併せて扱われています。このような事案では、貞操権侵害の請求と、配偶者からの不倫慰謝料請求が交差するため、相手がどの時点で何を知ったかを丁寧に分ける必要があります。

請求された側としては、発覚時のメッセージ、発覚後の会う頻度、相手が関係継続を求めた事情、別れ話の有無、配偶者から請求された経緯を整理します。相手が既婚者であることを知った後も自ら積極的に関係を続けていた資料がある場合は、減額交渉で重視すべきです。

時効を主張できる場合

貞操権侵害の請求でも、時間が経っている場合は時効を確認します。不法行為に基づく損害賠償請求は、基本的に、相手が損害及び加害者を知った時から3年で時効が問題になります。生命・身体に関する損害が含まれる場合など、事情によって検討が変わることもあります。

貞操権侵害では、時効の起算点が争われることがあります。相手が既婚者であることを知った日、配偶者や子どもの存在を知った日、妊娠・出産・認知拒否などの損害が現実化した日、相手の虚偽説明が判明した日など、どの時点を基準にするかが問題になるためです。

そのため、時効を主張する場合は、交際開始日、肉体関係があった時期、既婚者であることが発覚した日、最後に連絡した日、内容証明や訴状が届いた日を時系列で整理します。単に「昔の話だから時効」と考えるのではなく、相手がいつ損害と加害者を知ったといえるかを証拠で確認します。

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請求額が高すぎる場合の減額交渉

貞操権侵害で請求される慰謝料額は、請求書では300万円、500万円、場合によってはそれ以上と書かれていることがあります。しかし、請求額は相手の希望額であり、裁判で認められる金額とは別です。実際の金額は、虚偽説明の悪質性、交際期間、肉体関係の回数、婚姻・出産への期待、妊娠・中絶・出産、発覚後の対応、相手の落ち度などを総合して判断されます。

減額交渉では、最初に「支払義務があるか」を検討し、次に「仮に責任があるとしても、どこまでの金額が相当か」を検討します。全く支払わない方針を取るのか、一定額で早期解決を目指すのか、訴訟リスクを見ながら分割払いや口外禁止を含めて合意するのかを決める必要があります。

請求額がそのまま認められるわけではない

裁判例を見ると、貞操権侵害の金額には幅があります。東京地裁令和2年3月2日判決では、独身者向けサイトで独身男性をかたり、結婚をほのめかした事案で慰謝料50万円が認められました。東京地裁令和元年12月23日判決では、約4年半にわたり既婚者であることを隠し、積極的に独身であると偽った事案で慰謝料100万円が認められています。

一方で、東京地裁令和4年8月25日判決では、相手の婚姻願望や子を産みたいという願望を認識しながら、妻子があることを秘して約3年半交際を続けた事案で、慰謝料400万円が認められました。また、東京地裁平成19年8月29日判決では、長期交際、妊娠・中絶・出産、認知の問題などが重なり、慰謝料500万円が認められています。

このように、50万円前後にとどまる事案もあれば、400万円、500万円と高額化する事案もあります。大切なのは、相手の請求額だけを見て判断しないことです。請求額が高くても、婚約が成立していない、交際期間が短い、相手が既婚を疑っていた、発覚後も関係が続いた、妊娠・出産がないなどの事情があれば、減額交渉の余地があります。

裁判例の傾向 金額イメージ ポイント
独身者向けサイト・婚活系で独身と偽った例 50万円程度の例あり 出会いの場や結婚期待が重視される
長期に独身偽装を続けた例 100万円程度の例あり 継続的な虚偽説明や発覚後の対応が問題
婚姻・出産期待や妊娠・出産機会が絡む例 400万円以上の例あり 年齢、出産希望、妊娠・中絶・出産、認知拒否が高額化要素

減額方向の事情

減額交渉では、請求された側に有利な事情を、証拠と一緒に整理します。反論としては弱くても、慰謝料額を下げる事情として使える場合があります。

減額事情 説明 確認する証拠
交際期間が短い 短期間の関係で、長期に将来を縛ったとはいえない場合 初回連絡日、最後に会った日、予定表、メッセージ
肉体関係の回数が少ない 性的関係が限定的で、継続的な欺罔とはいえない場合 宿泊記録、ホテル利用、メッセージ、相手主張の日時
結婚前提ではない 結婚、同居、入籍、出産に関する具体的な約束がない場合 交際開始時のやり取り、将来に関する会話
相手が既婚を知っていた又は疑っていた 完全な誤信とはいえず、相手側の落ち度が問題になる場合 「奥さん」「離婚」「家族」に関するLINE
発覚後も交際が続いた 既婚発覚後の関係については、相手が真実を知っていたといえる場合 発覚日のメッセージ、発覚後の会う約束、別れ話
謝罪や解決提案をしている 発覚後に誠実な対応をしたことが、感情悪化や訴訟化を避ける事情になる場合 謝罪文、解決提案、支払提案、弁護士からの回答書

ただし、減額事情を主張するときは、相手を責める表現に偏りすぎないことが重要です。相手が怒っている段階で「あなたにも落ち度がある」と強く言いすぎると、交渉がこじれ、家族・職場・SNSへの公表リスクが高まることがあります。法的な主張は、証拠に基づいて冷静に整理する必要があります。

また、支払額だけでなく、支払方法も交渉対象になります。すぐに一括で支払えない場合には、分割払い、支払期限、遅延時の扱い、清算条項、口外禁止条項などを含めて、全体として解決できる条件を検討します。

高額化しやすい事情

反対に、次の事情がある場合は、慰謝料が高くなりやすく、強気に全面否認するリスクが高まります。該当する事情があるときは、支払義務を争うよりも、早期に妥当な金額で和解し、追加請求や公表リスクを抑える方が現実的な場合があります。

高額化事情 不利に見られやすい理由
交際期間が長い 相手の婚姻・出産・再交際の機会を長期間奪ったと評価されやすい
完全独身だと明確に説明した 相手が独身だと信じたことに合理性があると見られやすい
婚活アプリ・結婚相談所などで知り合った 相手が結婚を目的にしていることを認識しやすい
結婚・入籍・子どもの話を具体的にしていた 相手に強い将来期待を持たせたと評価されやすい
妊娠・中絶・出産・認知拒否がある 身体的・精神的負担が大きく、慰謝料が高額化しやすい
発覚後に不誠実な対応をした 逃げる、連絡を絶つ、相手を責める、虚偽説明を重ねると被害感情が増幅しやすい

東京地裁令和4年8月25日判決では、婚約関係といえるほどではなくても、相手が真剣に子を産みたいと願っていたこと、独身と誤解していることを認識しながら関係を継続したことなどが重視され、400万円が認められました。東京地裁平成19年8月29日判決では、長期交際や妊娠・出産・認知の問題などを踏まえ、500万円が認められています。

このような事情がある場合、交渉では「いくらまで下げられるか」だけでなく、「どの条件なら紛争を終わらせられるか」を考える必要があります。支払額を下げる代わりに、清算条項、口外禁止、接触禁止、SNS投稿禁止、分割払いなどを組み合わせ、将来の追加請求や公表リスクを抑えることが重要です。

減額交渉を本人同士で進めると、感情的なやり取りによって相手が家族や職場に連絡する、SNSで公表する、追加資料を出して請求額を上げるなどのリスクがあります。特に高額請求や公表示唆がある場合には、早い段階で弁護士を窓口にし、支払義務・金額・公表防止をまとめて交渉することが有効です。

弁護士対応・示談条項で家族・職場・SNS公表リスクを下げる

貞操権侵害で慰謝料請求された場合、支払額だけでなく、家族や職場に知られること、SNSなどで公表されることも大きな不安になります。もっとも、この問題を記事全体の中心にしすぎると、支払義務や減額の判断から離れてしまいます。ここでは、請求された側が実務上押さえるべき範囲に絞って、弁護士対応と示談条項でリスクを下げる方法を整理します。

相手が感情的になっているときに、本人同士で長くやり取りを続けると、謝罪のつもりで送ったメッセージが不利な証拠になったり、相手の怒りが強まり、家族・職場・SNSへの公表に発展したりすることがあります。公表を完全に防げると断言することはできませんが、交渉窓口を整理し、連絡方法や禁止事項を明確にすることで、リスクを下げられる場合があります。

弁護士が窓口になると直接連絡を減らしやすい

弁護士が入る大きなメリットは、法律上の反論を整理できることだけではありません。弁護士が窓口になることで、相手から本人への電話、LINE、自宅宛の書面、職場への連絡を減らしやすくなります。相手に対して「今後の連絡は代理人宛てにしてください」と明確に伝えることで、本人同士の感情的なやり取りを避けやすくなるためです。

特に、配偶者や家族に知られたくない場合、通知先や連絡方法の管理は重要です。自宅に郵便物が届くこと自体がリスクになる場合には、今後の書面送付先を弁護士事務所にする、電話連絡を控える、本人同士での接触を避けるなどの対応を検討します。秘密に解決したい場合の進め方は、家族・職場に秘密で解決するための対応も参考になります。

ただし、弁護士を入れれば必ず家族や職場に知られないというわけではありません。相手が既に投稿している場合、相手が勤務先や知人に連絡している場合、訴訟になって書面管理が必要になる場合など、状況によって対応は変わります。早い段階で窓口を一本化するほど、余計なやり取りを減らしやすくなります。

示談書には清算・口外禁止・接触禁止を入れる

慰謝料を支払う場合でも、単に振込をして終わりにするのは危険です。支払後に追加請求を受ける、家族や職場に話される、SNSで投稿される、再度連絡を受けるといったトラブルを避けるため、示談書で解決範囲を明確にします。

条項 目的
支払条項 金額、支払期限、分割払い、振込先を明確にする
清算条項 同じ事実関係について追加請求をしないことを確認する
口外禁止条項 家族、職場、知人、SNSなど第三者への口外を制限する
接触禁止条項 本人、配偶者、家族、職場への直接連絡を制限する
SNS投稿禁止・削除条項 投稿、再投稿、スクリーンショット拡散などを防ぐ
違約金条項 口外禁止や接触禁止に違反した場合の抑止力を持たせる

示談書全体の作り方は、不倫示談書・合意書の条項チェックで詳しく整理しています。口外禁止条項や違約金の考え方は、口外禁止条項の作り方・違約金も確認しておくとよいでしょう。

SNS投稿禁止・職場連絡禁止・違約金は必要に応じて定める

相手から「家族に言う」「会社に知らせる」「SNSで公表する」と言われている場合には、支払額だけでなく、公表を防ぐ条項が重要になります。SNS投稿禁止条項では、今後の投稿禁止だけでなく、既に投稿された内容の削除、スクリーンショットの再投稿禁止、第三者アカウントへの提供禁止などを検討します。

職場への連絡については、名誉毀損、プライバシー侵害、業務妨害などの問題になることがあります。会社に言うと言われた場合は、感情的に反論するのではなく、メッセージを保存し、連絡先を代理人に限定するよう求めることが重要です。職場連絡のリスクは、会社への報告・名誉毀損リスク会社にばらされた場合の対応で詳しく確認できます。

「払わないなら家族に言う」「SNSに晒す」など、請求方法が強い場合には、脅迫や恐喝に近い問題になることもあります。そのような場合には、支払義務の有無とは別に、やり取りの保存と対応方針の整理が必要です。脅しのような連絡が続いている場合は、不倫トラブルで脅迫された場合の初動も参考にしてください。

貞操権侵害以外の請求名目と切り分ける

交際相手から金銭を請求された場合、請求名目が必ずしも貞操権侵害に限られるとは限りません。実際には、貞操権侵害、手切れ金、口止め料、婚約破棄、貸金返還、プレゼント返還、嫌がらせ対応などが混ざっていることがあります。請求名目が曖昧なまま対応すると、本来支払義務がないものまで支払ってしまったり、逆に必要な示談条項が抜けたりするおそれがあります。

手切れ金・口止め料との違い

貞操権侵害は、相手を独身だと誤信させたことなどにより、性的自由や人格的利益を侵害したとして慰謝料が問題になるものです。これに対し、手切れ金や口止め料は、別れ方、関係清算、口外しないことの対価のように使われることがあり、法的な支払義務の有無を慎重に見る必要があります。

相手の請求が「貞操権侵害」ではなく、「関係を終わらせるなら払ってほしい」「口外されたくなければ払ってほしい」という内容に近い場合は、検討の枠組みが変わります。手切れ金の基本は手切れ金とはで、愛人・不倫相手からの幅広い請求は不倫相手・愛人から請求された場合の相談で整理しています。

婚約破棄・婚約隠しに近い場合

相手が「結婚する約束をしていた」「婚約していた」と主張する場合には、貞操権侵害だけでなく、婚約破棄や婚約に近い信頼関係の問題が出てきます。結納、両親への挨拶、婚約指輪、結婚式場の予約、同居準備などがある場合には、単なる交際より重く見られる可能性があります。

一方で、婚約が認められなくても、結婚相談所で知り合い、結婚願望を利用して肉体関係を持ったようなケースでは、貞操権侵害や人格権侵害が問題になり得ます。婚約・婚約隠しに近い論点は、婚約隠し交際の法的論点も確認してください。

貸金・プレゼント返還・嫌がらせが混ざる場合

交際中にお金を借りた、生活費を受け取った、高額なプレゼントをもらった、旅行代や家賃を負担してもらったという場合には、貞操権侵害とは別に、貸金返還や贈与返還の問題が出ることがあります。お金の授受があるときは、慰謝料と貸金を混ぜずに、いつ、いくら、どのような趣旨で受け取ったのかを分けて整理します。

プレゼントや金銭の返還を求められている場合には、不倫のお金問題・プレゼント返還も参考になります。請求名目が曖昧なまま「慰謝料」として一括で解決すると、後から別名目で追加請求されることがあるため、示談書では解決範囲を明確にすることが重要です。

裁判例で見る判断傾向

貞操権侵害の裁判例は、単純に「独身と嘘をついたか」だけで結論が決まっているわけではありません。裁判所は、出会いの場、交際期間、肉体関係の有無・回数、結婚や出産に関する期待、相手が既婚者であることを知った時期、妊娠・中絶・出産・認知の問題、発覚後の対応などを総合して判断しています。

請求された側に不利な裁判例

完全に独身だと信じさせる事情が強い場合、交際期間が長い場合、婚姻や出産への期待を認識していた場合、妊娠・中絶・出産・認知の問題がある場合には、請求された側に不利になりやすい傾向があります。

裁判例 判断のポイント 防御側の見方
東京地裁令和4年8月25日判決 妻子があることを秘して約3年半交際し、婚姻願望・出産願望や子を産む機会の喪失が重視され、400万円が認められた 長期交際、出産期待、独身誤信を認識していた事情があると高額化しやすい
東京地裁平成19年8月29日判決 長期交際、妊娠・中絶・出産・認知などが絡み、500万円が認められた 妊娠・出産・認知拒否がある事案では、早期解決を検討すべき場合がある
東京地裁令和元年12月23日判決 約4年半にわたり独身と誤信させる言動を継続し、100万円が認められた 婚約破棄に当たらなくても、長期の独身偽装は不利に働く
東京地裁令和2年3月2日判決 独身者向けサイトを利用し、離婚経験のある独身者のように登録し、50万円が認められた 婚活・マッチング系では、相手の結婚目的を認識しやすいため注意が必要

反論・減額に使える裁判例

一方で、結婚前提ではなかった、相手が既婚者であることを知っていた、又は疑っていた、相手にも落ち度があったといえる場合には、支払義務を争う、又は減額を求める余地があります。ただし、相手の落ち度があるからといって、常に慰謝料がゼロになるわけではありません。

裁判例 判断のポイント 防御側の見方
大阪地裁令和6年7月19日判決 婚姻を前提とする交際ではないとして、独身と偽ったことだけでは直ちに不法行為とはいえないとしつつ、避妊拒否や認知拒否等を踏まえて60万円を認めた 結婚前提なしは重要な反論だが、妊娠・避妊・認知の問題があると別途不利になり得る
東京地裁平成25年2月6日判決 相手が既婚者であることを知って交際を開始した事案で、慰謝料等の請求は退けられた 相手が既婚者と知っていた証拠は強い反論材料になる
東京地裁平成25年4月17日判決 離婚予定・婚姻予定との虚偽説明があった一方、相手にも落ち度があるとして70万円が認められた 破綻済み・離婚予定と聞いていた場合でも、虚偽説明が強いとゼロとは限らない
最高裁昭和44年9月26日判決 相手が妻の存在を知っていても、男性側の詐言や違法性が著しく大きい場合には慰謝料請求が許され得るとした 「相手が既婚を知っていたから必ずゼロ」とは単純化できない

配偶者から請求されるリスクに関する裁判例

独身偽装が発覚した後も交際が続いた場合、請求してきた相手自身が、あなたの配偶者から不倫慰謝料を請求されるリスクも高くなります。交渉では、貞操権侵害の請求だけでなく、相手方が今後別の請求を受ける可能性も踏まえて、全体の解決を検討することがあります。

最高裁昭和54年3月30日判決は、婚姻関係が破綻していない段階で配偶者と肉体関係を持った第三者は、故意又は過失がある限り、他方配偶者に対して不法行為責任を負い得るという基本的な考え方を示しています。他方、最高裁平成8年3月26日判決は、肉体関係を持った当時、夫婦の婚姻関係が既に破綻していた場合には、特段の事情がない限り、第三者は他方配偶者に対して不法行為責任を負わないとしています。

東京地裁令和3年8月30日判決では、交際相手の配偶者から慰謝料請求を受けて支払った女性が、交際相手に対して人格権侵害に基づく損害賠償や求償を求めた事案で、被告側の負担割合も問題になりました。発覚後も関係が続いた事案では、貞操権侵害の請求だけでなく、配偶者からの請求や求償関係まで広がる可能性があります。

弁護士に相談すべきケース

貞操権侵害で慰謝料請求された場合、すべてのケースで直ちに裁判になるわけではありません。しかし、次のような事情があるときは、本人同士で対応すると不利な証拠を作ったり、家族・職場・SNSへの公表リスクを高めたりするおそれがあります。

  • 300万円、500万円など高額な慰謝料を請求されている
  • 訴状、答弁書催告、裁判所からの書類が届いている
  • 相手が家族、配偶者、職場、SNSへの公表を示唆している
  • 妊娠、中絶、出産、認知、養育費の問題がある
  • 婚活アプリ、結婚相談所、独身限定サービスで知り合っている
  • 相手があなたの配偶者からも慰謝料請求される可能性がある
  • 手切れ金、口止め料、貸金返還など複数の名目が混ざっている
  • 自分で返信してよい内容か判断できない

弁護士に相談すると、支払義務の有無、減額可能性、相手の証拠の強さ、こちらの反論証拠、家族・職場・SNS公表リスク、示談書に入れるべき条項をまとめて検討できます。特に、相手が感情的になっている場合は、法律論だけでなく、連絡窓口を一本化してトラブルの拡大を防ぐことが重要です。

よくある質問

貞操権侵害で請求されたら必ず払う必要がありますか?

必ず支払う必要があるわけではありません。肉体関係の有無、独身と誤信させた事情、相手が何を信じていたか、相手が既婚者であることを知っていたか、交際期間や結婚期待の有無などを確認します。支払義務が残る場合でも、請求額が高すぎるとして減額交渉できることがあります。

肉体関係がなければ支払義務はありませんか?

典型的な貞操権侵害は性的関係を前提に問題になるため、肉体関係がない場合は争いやすくなります。ただし、相手が性的行為に近い行為や別の人格権侵害を主張している場合、別名目の請求が残る場合もあるため、相手の請求内容を確認する必要があります。

独身と言っていなければ反論できますか?

反論材料にはなりますが、それだけで安全とはいえません。明示的に独身と言っていなくても、婚活アプリの登録内容、結婚や同居の話、家族への紹介、鍵の受け渡しなどから、独身又は結婚可能だと誤信させたと評価される場合があります。

相手が既婚者だと知っていた場合はどうなりますか?

相手が既婚者だと知っていたことは、支払義務を争う重要な事情です。ただし、妻とは離婚する、夫婦関係は破綻している、結婚するなどの強い虚偽説明があり、こちらの違法性が著しく大きい場合には、慰謝料請求が残ることがあります。知っていた時期と、その後の説明内容を分けて整理します。

結婚前提ではなかった場合は認められませんか?

結婚前提ではなかったことは重要な反論です。ただし、貞操権侵害や人格権侵害は、婚約が成立していなければ常に否定されるものではありません。婚活目的、出産期待、妊娠、避妊拒否、認知拒否などの事情があると、別途不利に評価されることがあります。

300万円や500万円を請求されたらそのまま払う必要がありますか?

請求額と裁判で認められる額は別です。交際期間、虚偽説明の強さ、妊娠・中絶・出産の有無、相手の落ち度、発覚後の対応などによって金額は変わります。高額請求を受けた場合は、支払義務の有無と減額事情を整理したうえで回答します。

家族や職場に言われないようにできますか?

絶対に防げるとはいえませんが、弁護士を窓口にし、本人への直接連絡を控えるよう求め、示談書に口外禁止や接触禁止を入れることで、リスクを下げられる場合があります。すでに公表を示唆されている場合は、メッセージを保存し、感情的に返信しないことが重要です。

SNSで公表すると言われたらどうすべきですか?

まず、投稿予告やメッセージ、アカウント、日時、URLなどを保存します。こちらから反論投稿や晒し返しをすると、名誉毀損やプライバシー侵害の問題が広がるおそれがあります。削除、再投稿禁止、口外禁止、違約金などを含む示談条項で解決できるかを検討します。

まとめ

  • 貞操権侵害で請求された場合、請求額だけでなく、支払義務・減額事情・公表リスクを分けて確認します。
  • 肉体関係がない、独身と嘘をついていない、相手が既婚を知っていたなどの事情は反論材料になります。
  • 完全独身、離婚済み、破綻済み・離婚予定では、相手の過失や減額事情の評価が変わります。
  • 家族・職場・SNSへの公表リスクは、弁護士窓口化と示談条項で下げられる場合があります。
  • 高額請求、訴状、公表示唆、妊娠・認知問題がある場合は、早めに弁護士へ相談することが重要です。

貞操権侵害の請求は、感情面の対立が強く、本人同士のやり取りだけではこじれやすい分野です。支払義務があるかを争うべきケースもあれば、一定の支払を前提に、清算条項や口外禁止条項を入れて早期に解決した方がよいケースもあります。

まずは、請求書面、相手の証拠、こちらの反論証拠、家族・職場・SNSへの公表リスクを整理しましょう。そのうえで、支払うかどうかだけでなく、いくらで、どの条件で、どの範囲まで解決するのかを検討することが大切です。

坂尾陽弁護士

貞操権侵害の請求では、金額だけを見て判断すると、追加請求や公表リスクを残すことがあります。支払義務・減額・示談条項をセットで確認し、解決後にトラブルを残さない形を目指しましょう。

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