不倫慰謝料の示談書で、**「求償権を放棄する(求償しない)」**という条項を見かけることがあります。
この条項は、入れ方を誤ると「あとで不倫相手に負担してもらうつもりだったのに、回収できない」「想定外の相手から求償された」など、別のトラブルに直結しやすいのが特徴です。
この記事では、次の疑問に答えます。
- 求償権の放棄条項は示談書で有効なのか
- 「求償しない」の範囲はどこまで広がるのか
- 条項の文言で揉めやすい落とし穴は何か
- 放棄条項を入れる/入れられたときの回避策は何か
- サイン前に最低限そろえる資料・確認ポイントは何か
なお、求償権の全体像(求償権とは何か/責任割合の考え方)自体は、次の記事で整理しています。本記事は「示談条項(放棄・清算)の落とし穴」に集中します。
不倫慰謝料の求償権とは|求償権の仕組み・責任割合・トラブル回避策【弁護士解説】
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2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業

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求償権の「放棄条項」とは?どんな示談書で出てくるか
求償権の放棄条項(不行使条項)が問題になるのは、主に次の2パターンです。ポイントは、**「誰と誰の示談書(合意書)か」**で意味が変わることです。
パターンA:被害者(配偶者)と、支払う側の示談書に入る
例:不倫相手が被害者に示談金を払う代わりに、被害者が「配偶者には迷惑をかけたくない」ため、
「不倫相手は配偶者に求償しない」
という約束を入れるケースです。
パターンB:共同で責任を負う当事者同士(配偶者と不倫相手など)の合意書に入る
例:どちらかが先に支払うにあたり、内部の負担を清算する目的で、
「相互に求償しない」
「○○円を超える部分は求償できる」
など、負担割合を固定するために入れるケースです。
このほか、肩代わり(立替)とセットで「求償しない」条項が入ることもあります。肩代わり・立替の論点が強い場合は、次の記事も合わせて確認してください。
不倫慰謝料 肩代わりガイド【弁護士解説】|仕組み・やり方・トラブル・求償権の全て
求償権は示談書で放棄させられる?法的な基本整理
結論として、求償権は「絶対に放棄できない権利」ではありません。一般論としては、当事者間の合意により、
- 求償権を放棄する(将来の求償をしない)
- 求償権を一定範囲で制限する(上限を決める/条件を付ける)
- といった約束は、作られることがあります。
ただし、実務上は「放棄条項がある=安心(または絶望)」と即断しない方が安全です。トラブルになるのは、次の2点です。
(1)放棄条項の“効力が及ぶ相手”がズレている
たとえば、被害者と不倫相手の示談書に「配偶者へ求償しない」と書いてあっても、配偶者がその示談書の当事者でない場合、形式面ではやや複雑です。
もっとも、放棄条項が入っている以上、不倫相手が配偶者へ求償すると「示談違反」として揉めるリスクが生じます。結果として、求償を思いとどまらせる効果は持ちやすいのが現実です。
(2)放棄の“範囲”が曖昧で、想定外まで消える
「本件に関して一切求償しない」と書かれると、将来、追加支払いが発生した場合や、費用・遅延損害金が絡む場合まで巻き込む形で争いになることがあります。
不倫慰謝料の示談は「いくら払うか」だけでなく、「払った後に誰が負担するか」までがセットです。放棄条項を軽く見ると、あとから回収不能や再燃につながります。
なお、「免除(支払義務を免れた)」「清算条項(これ以上請求しない)」など、似た言葉でも効き方が違います。言葉の違いで揉める場合は、次の記事も参考になります。
不倫相手が慰謝料を免除された場合の効力:判例と実務の違いに注意【弁護士解説】
条項の例と落とし穴:ここを曖昧にするとトラブルになる
求償権の放棄条項で揉めやすいのは、「放棄すること」自体よりも、どこまで放棄したのかが読めないときです。
例1:広い放棄(強め)
「当事者は、本件に関し、相手方に対する求償権を行使しない。」
例2:範囲を限定する放棄(事故りにくい形)
「当事者は、本件示談金○○円の支払いに関しては求償しない(それ以外は別途協議)。」
例3:条件付き(支払完了とセット)
「本件示談金を完済したときは、当事者は相互に求償しない。」
実務上は、次のチェックポイントを埋めるほど、後のトラブルを減らしやすくなります。
- 誰が誰に対して放棄するのか(当事者の整理)
- 「本件」の範囲(どの出来事・期間・金員までか)
- 支払額の範囲(全額か、上限か、内訳を分けるか)
- 条件(支払前から?完済後から?不履行時はどうする?)
- 費用・遅延損害金・追加請求まで含むか
特に危ないのは、次のような状態です。
- 示談書に「本件に関し一切」とだけ書かれ、何が本件か特定できない
- 分割払いなのに、放棄の条件が「契約締結時」なのか「完済時」なのか曖昧
- どちらがいくら負担するか決めていないのに「相互に求償しない」だけ入っている
放棄条項は、清算条項や支払い条項と“セット”で読まれます。示談書全体の設計を見直したい場合は、こちらも参考になります。
不倫示談書マニュアル【テンプレート付】|書き方・記載事項・無効リスク・公正証書化まで弁護士が丸ごと解説
立場別の対応:入れる側/入れられた側/求償される側の回避策
ここからは、現場で多い3つの立場に分けて、実務上の回避策を整理します。
1)放棄条項を「入れたい側」(被害者側・求償されたくない側)
狙いはシンプルで、支払った側が後から別の相手へ求償して、紛争が再燃するのを防ぐことです。
この場合は、次の2点が重要です。
- 放棄の対象と範囲をできるだけ特定する(“何を”“どこまで”)
- 放棄条項だけを単独で置かず、支払い・清算・守秘等の条項と整合させる
2)放棄条項を「入れられた側」(求償したい可能性がある側)
放棄条項にサインする前に、まず発想を切り替えるのがポイントです。
求償できなくなるなら、実質的には「自分が全額負担する」可能性が高まります。つまり、
- 金額(示談金)を下げる交渉
- 放棄の範囲を狭める交渉(上限・条件付き)
に直結します。慰謝料の減額交渉においては求償権の放棄はメリットもあります(参考:慰謝料減額の完全マニュアル)。
また、「とりあえずサインして後で考える」は危険です。放棄条項は撤回が難しいため、最低限、
- 自分が支払う総額(追加請求のリスク含む)
- 相手に求償する見込み(相手の資力・連絡先・証拠)
- を見積もってからサインするのが安全です。
3)求償される側(あとから請求が来るかもしれない側)
「放棄条項があるはず」と思っていても、文言や当事者関係のズレで争いになることがあります。
不安がある場合は、放棄条項だけでなく、求償の“期限”も含めて早めに整理しておくのが現実的です。
求償権の時効はいつ?不倫慰謝料を支払った後に請求できる期限と起算点
まとめ:求償権 放棄条項で損しないための要点
求償権 放棄の示談条項は、文言が短くても影響が大きい項目です。最後に要点を整理します。
- 放棄条項は合意で作られ得るが「当事者」と「範囲」が争点になりやすい
- 「一切求償しない」は想定外まで消えるため範囲限定が重要
- 分割・追加請求・費用まで含むかを示談書全体で整合させる
- 放棄させられる側は金額調整か範囲限定でバランスを取る
- 不安ならサイン前に示談書チェック(弁護士相談)を検討する
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